バーを開業し、自分だけの空間でお客様をもてなすことは、多くの人にとって魅力的な夢です。しかし、その夢を実現するためには、情熱やアイディアだけでなく、綿密な計画と準備が不可欠です。特に、開業の成否を大きく左右するのが「物件探し」です。理想のコンセプトを実現できる場所を、適切なコストで確保できるかどうかは、その後の経営に直接的な影響を与えます。
この記事では、バー開業を目指すすべての方に向けて、物件探しの基本から具体的なノウハウまでを網羅的に解説します。物件の種類ごとのメリット・デメリット、特に初期費用を抑えられる「居抜き物件」の活用法と注意点、物件探しのステップ、契約前のチェックリスト、必要な資金や資格に至るまで、成功への道を切り拓くための知識を詳しくご紹介します。
これから始まる物件探しの旅が、後悔のない、そしてあなたの夢を最大限に実現できるものになるよう、ぜひ本記事を羅針盤としてご活用ください。
目次
バー開業の成功は物件探しが9割!その理由とは
バー開業を志す際、多くの人がカクテルのレシピや内装のデザイン、店のコンセプトといった華やかな部分に心を奪われがちです。もちろん、それらは店の個性を決定づける重要な要素です。しかし、どれだけ素晴らしいコンセプトも、それを実現する「場所」、つまり物件が伴わなければ絵に描いた餅に終わってしまいます。「バー開業の成功は物件探しが9割」と言われるのには、明確な理由があります。
第一に、物件関連費用が開業資金の大部分を占めるという現実があります。物件を取得するための保証金(敷金)、礼金、仲介手数料、そして内装工事費や設備費は、開業資金の中でも最も大きなウェイトを占める項目です。特に、何もない状態から店舗を作り上げるスケルトン物件の場合、これらの費用は数百万から時には1,000万円以上に達することも珍しくありません。物件選びを誤ると、開業前に資金がショートしてしまったり、過大な初期投資がその後の経営を圧迫し続けたりするリスクがあります。適切な物件を選ぶことは、健全な財務状況でスタートを切るための第一歩なのです。
第二に、物件の立地が売上を直接的に左右するからです。どのようなお客様をターゲットにするかによって、最適な立地は大きく異なります。例えば、仕事帰りのビジネスパーソンを狙うならオフィス街、地元住民に愛される隠れ家を目指すなら住宅街の一角、若者や観光客で賑わう店にしたいなら繁華街が候補となるでしょう。ターゲットとする客層が実際に往来する場所でなければ、どれだけ魅力的なバーを作ってもお客様は訪れません。また、周辺の競合店の状況や、夜間の人通り、治安なども集客に大きく影響します。立地選定は、マーケティング戦略そのものと言っても過言ではありません。
第三に、物件の物理的な条件がコンセプトの実現可能性を決定づけるからです。あなたが思い描くバーのイメージはどのようなものでしょうか。重厚なカウンターが印象的なオーセンティックバー、ライブ演奏が楽しめるミュージックバー、特定の趣味やテーマに特化したコンセプトバー。それぞれのコンセプトを実現するためには、それに見合った広さ、天井の高さ、レイアウトの自由度が必要です。例えば、生演奏を計画しているのに防音設備が不十分な物件を選んでしまえば、近隣からの苦情で営業が立ち行かなくなるかもしれません。厨房設備を充実させたいのに、電気やガスの容量が足りなければ、高額な追加工事が必要になります。物件は、あなたの創造性を形にするための「器」であり、その器の大きさや形が、中身であるコンセプトを制約するのです。
最後に、そして最も重要なのが、物件契約は後戻りが極めて困難な意思決定であるという点です。一度賃貸借契約を結んでしまえば、たとえ「思ったより客足が伸びない」「設備に不具合が見つかった」といった問題が発生しても、簡単に解約したり移転したりすることはできません。契約期間の縛りや高額な違約金、原状回復義務など、撤退には大きなコストと労力が伴います。だからこそ、契約前の段階で、あらゆる角度から物件を吟味し、考えうるリスクを洗い出し、確信を持って決断する必要があるのです。
このように、物件探しは単に「店を構える場所」を探す作業ではありません。事業計画、資金計画、マーケティング戦略、そしてコンセプト実現の全てが凝縮された、開業プロセスにおける最重要の戦略的活動なのです。この「9割」の重要性を持つ物件探しに全力を注ぐことこそが、あなたのバーを成功へと導くための、最も確実な道筋となるでしょう。
バー開業における物件の2つの種類
バー開業の物件探しを始めるにあたり、まず理解しておくべきなのが物件の基本的な種類です。店舗用物件は、大きく分けて「居抜き物件」と「スケルトン物件」の2つに分類されます。それぞれにメリット・デメリットがあり、どちらを選ぶかによって開業までの道のりや必要な資金が大きく変わってきます。自分のコンセプトや予算、開業までのスケジュールなどを考慮し、最適なタイプを選択することが重要です。
項目 | 居抜き物件 | スケルトン物件 |
---|---|---|
初期費用 | 比較的低い | 高額になりやすい |
開業までの期間 | 短い | 長い |
デザインの自由度 | 低い(制約がある) | 高い(ゼロから作れる) |
設備の状況 | 前の店のものを引き継ぐ | 全て新規で導入 |
主なメリット | 開業コストと時間を大幅に削減できる | 理想の店づくりが実現可能 |
主なデメリット | デザインの制約、設備の老朽化リスク | 高額な費用と長い準備期間が必要 |
居抜き物件
居抜き物件とは、前のテナントが使用していた内装、設備、什器などがそのまま残された状態で貸し出される物件のことです。具体的には、バーであればカウンターや椅子、テーブル、厨房設備(冷蔵庫、製氷機、シンクなど)、空調設備、トイレ、照明などが含まれる場合があります。
このタイプの物件の最大の魅力は、なんといっても開業にかかる初期費用と時間を大幅に削減できる点にあります。通常であれば数百万円以上かかる内装工事費や設備購入費を劇的に抑えることが可能です。また、大掛かりな工事が不要なため、物件契約から開業までの期間を数週間から1ヶ月程度に短縮できるケースもあります。これは、家賃だけが発生して売上がない「空家賃」の期間を最小限に抑えることにも繋がり、資金繰りの面で大きなアドバンテージとなります。
そのため、居抜き物件は以下のような方に特におすすめです。
- 自己資金が限られており、できるだけ初期投資を抑えたい方
- 飲食店経営が初めてで、まずはリスクを抑えてスタートしたい方
- できるだけ早くオープンさせたい方
- 残されている内装やレイアウトが、自分の描く店のコンセプトと合致している方
ただし、良いことばかりではありません。レイアウトの変更が難しかったり、引き継いだ設備が古くてすぐに故障したりするリスクも伴います。また、前の店のイメージが強く残っている場合、それを払拭するための努力が必要になることもあります。これらの注意点については、後の章で詳しく解説します。
スケルトン物件
スケルトン物件とは、その名の通り、建物の構造躯体(骨組み)が剥き出しの状態になっている物件を指します。床や壁、天井の内装が全く施されておらず、コンクリート打ちっぱなしの状態であることが一般的です。電気、ガス、水道といったインフラも、基本的な引き込みがされているだけで、店舗内に配線・配管を巡らせる工事から始める必要があります。
スケルトン物件の最大のメリットは、何にも縛られず、ゼロから完全に自由な店舗空間を創造できる点です。カウンターの素材や形状、客席の配置、照明計画、音響設備、厨房の動線など、細部に至るまで自らのコンセプトを100%反映させることが可能です。他にはない独創的な空間を作り上げることで、強力なブランドイメージを構築し、他店との差別化を図ることができます。オリジナリティを徹底的に追求したい、唯一無二のバーを作りたいという強いこだわりを持つ方にとっては、スケルトン物件が唯一の選択肢となるでしょう。
このタイプの物件は、以下のような方に適しています。
- 資金に十分な余裕がある方
- 店のコンセプトやデザインに強いこだわりがあり、妥協したくない方
- ブランディングを重視し、独自の空間価値を創造したい方
- 飲食店経営の経験が豊富で、成功への確信がある方
一方で、デメリットは明確です。内装工事や設備導入に莫大な費用がかかることに加え、設計から施工完了までには数ヶ月から半年以上の長い期間を要します。その間の空家賃も大きな負担となります。居抜き物件に比べて、開業資金は数百万から1,000万円以上高くなることも覚悟しなければなりません。まさに「ハイリスク・ハイリターン」な選択肢と言えるでしょう。
このように、居抜き物件とスケルトン物件は一長一短です。自分の事業計画、資金力、そして何より「どんなバーを作りたいのか」というビジョンを明確にし、それぞれの特性を深く理解した上で、最適な物件タイプを見極めることが成功への第一歩となります。
居抜き物件でバーを開業するメリット
バー開業において、居抜き物件を選択することは、多くの起業家にとって非常に賢明な戦略となり得ます。特に資金面や時間的な制約がある中で、現実的に開業を目指すための強力な選択肢です。ここでは、居抜き物件がもたらす3つの大きなメリットについて、より深く掘り下げていきましょう。
開業費用を大幅に抑えられる
居抜き物件の最大のメリットは、開業にかかる初期投資を劇的に削減できることです。バーを開業する際の費用は、大きく「物件取得費」「内装工事費」「設備費」に分けられますが、居抜き物件はこのうち「内装工事費」と「設備費」を大幅に圧縮できます。
スケルトン物件からバーを作ると仮定しましょう。まず、壁、床、天井の内装工事が必要です。デザイナーに設計を依頼し、施工業者に見積もりを取ると、小規模な店舗でも数百万円の費用がかかることは珍しくありません。さらに、バーカウンターの造作、厨房区画の作成、トイレの設置なども必要です。
次に設備費です。バー運営に不可欠な業務用冷蔵庫(コールドテーブル)、製氷機、シンク、コンロ、食洗機、グラス洗浄機といった厨房機器。そして、お客様が快適に過ごすための空調設備。これらをすべて新品で揃えれば、これもまた数百万円単位の出費となります。
一方、居抜き物件の場合、これらの内装や設備がすでに備わっています。もちろん、状態の良い物件を見つける必要はありますが、理想的な居抜き物件に出会えれば、スケルトンから開業する場合と比較して500万円以上のコスト削減が実現できるケースも少なくありません。
この削減できた資金は、決して「浮いたお金」ではありません。これを戦略的に活用することで、開業後の経営を有利に進めることができます。例えば、
- 運転資金の充実: 開業当初は売上が不安定になりがちです。削減した資金を運転資金に回すことで、数ヶ月分の家賃や人件費を確保でき、精神的な余裕を持って経営に集中できます。
- 広告宣伝費への投資: オープンを告知するためのウェブサイト制作、SNS広告、チラシ作成などに資金を投下し、効果的なスタートダッシュを切ることができます。
- 高品質な酒類・食材の仕入れ: 初期仕入れの予算を増やすことで、より魅力的で豊富なドリンクメニューを提供し、顧客満足度を高めることができます。
このように、初期費用を抑えることは、単なるコストカットに留まらず、事業の成功確率を高めるための戦略的な資金配分を可能にするという、非常に大きなメリットをもたらすのです。
短期間でスピーディーに開業できる
時間もまた、ビジネスにおける重要な資源です。居抜き物件は、この「時間」というコストを大幅に節約してくれます。
スケルトン物件の場合、開業までのプロセスは非常に長くなります。まず、店舗デザイナーや設計事務所を選定し、コンセプトを伝えて図面を作成してもらいます。この設計段階だけでも数週間から1ヶ月以上かかることがあります。その後、複数の施工業者から見積もりを取り、業者を決定。そしてようやく工事が始まりますが、内装工事、設備の搬入・設置、インフラ(電気・ガス・水道)の工事など、すべてが完了するまでには、店舗の規模にもよりますが最低でも2〜3ヶ月、複雑なデザインであれば半年以上を要することもあります。
この期間中、当然ながら店舗は営業できず、売上はゼロです。しかし、物件の賃貸借契約はすでに始まっているため、家賃は毎月発生します。これを「空家賃(からやちん)」と呼び、開業前の事業者にとって大きな経済的負担となります。例えば、家賃30万円の物件で工事に4ヶ月かかれば、それだけで120万円のコストが売上なしで発生する計算になります。
一方、居抜き物件であれば、このプロセスを劇的に短縮できます。大規模な工事は不要で、多くの場合、壁紙の張り替えや照明の変更、部分的な修繕といった軽微な改装で済みます。引き継いだ設備のクリーニングや動作確認、必要な備品の追加購入などを済ませれば、すぐにでも営業を開始できます。物件契約からオープンまでを1ヶ月以内に収めることも十分に可能です。
このスピード感は、ビジネスチャンスを逃さないためにも重要です。例えば、「このエリアで良い物件が出たから、すぐにでも始めたい」という好機を掴むことができます。また、自己資金で開業する場合、準備期間が長引くほど生活費もかさみます。スピーディーな開業は、こうした見えにくいコストを削減する効果もあるのです。
設備や備品をそのまま活用できる
居抜き物件の具体的なメリットとして、営業に必要な設備や備品がすでに揃っている点が挙げられます。これは費用削減と時間短縮の両方に貢献します。
前の店舗がバーやそれに近い業態であれば、以下のような設備・備品が残されている可能性があります。
- 内装・造作: バーカウンター、バックバー(ボトル棚)、客席の椅子やテーブル、個室の仕切りなど。
- 厨房設備: コールドテーブル(天板が作業台になっている業務用冷蔵庫)、製氷機、シンク、コンロ、電子レンジ、食洗機など。
- 空調・衛生設備: 業務用エアコン、換気ダクト、給排気設備、トイレ設備など。
- その他: 照明器具、音響設備(スピーカー)、レジスター、さらにはグラスやお皿、カトラリーまで残っているケースもあります。
これらの備品を一つひとつ選定し、購入し、搬入を待つという手間と時間を省略できるのは、計り知れないメリットです。特に、バーカウンターや厨房のレイアウトは、お客様の居心地やスタッフの作業効率(オペレーション)を大きく左右する重要な要素です。すでに完成されたレイアウトを基に自分のオペレーションをシミュレーションできるため、飲食店経営の経験が浅い人でも、効率的な店舗運営のイメージを掴みやすいという利点があります。
ただし、これらの設備を「そのまま活用できる」かどうかは、内見時に徹底的にチェックする必要があります。見た目は綺麗でも内部が劣化している可能性や、自分のコンセプトには合わないデザインである可能性も考慮しなければなりません。それでもなお、ゼロからすべてを揃える労力とコストを考えれば、居抜き物件が持つアドバンテージは非常に大きいと言えるでしょう。
居抜き物件でバーを開業する際の注意点
居抜き物件は、初期費用を抑え、スピーディーに開業できるという大きな魅力を持っていますが、そのメリットの裏には見過ごすことのできない注意点やリスクが潜んでいます。これらのデメリットを事前に理解し、対策を講じなければ、「安物買いの銭失い」となり、かえって時間やコストがかかってしまう結果にもなりかねません。ここでは、居抜き物件を選ぶ際に特に注意すべき4つのポイントを詳しく解説します。
レイアウトやデザインの自由度が低い
居抜き物件の最大のメリットである「既存の内装や設備が残っていること」は、同時に最大のデメリットにもなり得ます。つまり、レイアウトやデザインの自由度が著しく低いという点です。
バーの空間は、提供する体験価値そのものです。カウンターの高さや奥行き、お客様とバーテンダーの距離感、客席の配置、照明の明るさや色温度、壁や床の素材感。これら全てが組み合わさって、店の雰囲気、つまりコンセプトを形作ります。
しかし、居抜き物件では、これらの要素がすでに決定されています。
- カウンターや厨房の配置: バーの心臓部であるカウンターの位置や厨房のレイアウトは、基本的に変更が困難です。もし自分の理想とする動線やサービススタイルと合わない場合、抜本的な改善は難しく、日々のオペレーションにストレスを感じ続けることになるかもしれません。「もう少し収納が欲しい」「シンクがここにあれば…」といった不満は、営業が始まってからでは手遅れです。
- デザインの制約: 前の店のデザインが、自分のコンセプトと大きく異なる場合もあります。例えば、カジュアルでモダンなバーを目指しているのに、見つけた居抜き物件が重厚でクラシックな内装だった場合、そのイメージを刷新するには大規模な改装が必要になります。壁紙や床材の変更、照明器具の交換など、手を入れる範囲が広がれば広がるほど、居抜き物件のコストメリットは薄れていきます。 場合によっては、スケルトンから作るのと変わらないくらいの費用がかかってしまうこともあり得ます。
物件探しの際は、「安いから」「設備が揃っているから」という理由だけで飛びつくのではなく、「このレイアウトとデザインで、本当に自分のやりたいバーが実現できるのか?」という視点で、冷静かつ厳密に判断することが極めて重要です。
設備の老朽化や故障のリスクがある
居抜き物件で引き継がれる設備は、当然ながら中古品です。前の店主がどれだけ丁寧に使っていたとしても、経年劣化は避けられません。特に、目に見えない部分の老朽化には細心の注意が必要です。
- 厨房機器の不具合: 製氷機、冷蔵庫、エアコンといった高額な機器は、開業直後に故障するリスクを常に抱えています。製氷機が壊れれば氷が提供できず、冷蔵庫が壊れれば食材やドリンクがすべてダメになります。営業に致命的な影響を及ぼすだけでなく、急な修理や買い替えには数十万円単位の想定外の出費が発生します。
- インフラのトラブル: 最も厄介なのが、壁や床下に隠れている給排水管やガス管、換気ダクトなどのトラブルです。水漏れや詰まり、ガス漏れ、排気の逆流といった問題は、原因の特定や修理が大掛かりになりやすく、修繕費用も高額になりがちです。場合によっては、階下のテナントにまで被害が及び、損害賠償問題に発展するケースもあります。
これらのリスクを回避するためには、内見時に表面的な綺麗さだけで判断してはいけません。可能な限り、専門の施工業者に同行してもらい、プロの目で設備の状態をチェックしてもらうことを強く推奨します。設備の年式やメンテナンス履歴を確認したり、実際に電源を入れて動作確認をさせてもらったりするなど、念には念を入れた確認が不可欠です。少しでも不安な点があれば、契約前に貸主や管理会社に修繕を依頼するか、その分のコストを織り込んだ上で事業計画を立てる必要があります。
前の店のイメージを引き継いでしまう可能性がある
物件は、単なる「箱」ではありません。そこには、前の店が築き上げた(あるいは損なった)評判やイメージが染み付いています。 これが良い評判であればプラスに働くこともありますが、多くの場合、新しい店のイメージを構築する上での足かせとなる可能性があります。
- 近隣住民や常連客の先入観: 特に、前の店が長く営業していた場合、近隣では「あの角の〇〇があった場所」として記憶されています。新しい看板を掲げても、しばらくは前の店のイメージで見られがちです。
- ネガティブイメージの継承: 最も警戒すべきは、前の店が不人気だったり、トラブルを起こして閉店したりした場合です。「あそこの店は美味しくなかった」「店員の態度が悪かった」「騒音で迷惑だった」といったネガティブな評判は、たとえ経営者が変わっても、新しい店に引き継がれてしまうことがあります。このマイナスイメージを払拭するには、相当な時間と努力が必要です。
対策としては、まず物件を契約する前に、周辺で聞き込みをするなどして、前の店の評判をリサーチすることが重要です。そして、もし開業を決めたなら、新しい店の誕生を積極的にアピールし、イメージを上書きしていく戦略が求められます。
- 外観(ファサード)の大幅な変更: 看板はもちろん、入り口のドアや外壁の色を変えるなど、一目で「店が変わった」とわかるような工夫を凝らします。
- プレオープンやレセプションの実施: 近隣住民や影響力のある人物を招待し、新しい店のコンセプトや雰囲気を直接体験してもらう機会を設けます。
- 積極的な情報発信: SNSやウェブサイト、チラシなどを活用し、「新しい〇〇というバーがオープンします」という情報を広く発信します。
前の店のイメージは、良くも悪くも「遺産」として引き継がれます。その遺産をどう扱うか、事前に計画しておくことが大切です。
造作譲渡料が発生する場合がある
居抜き物件を探していると、「造作譲渡(ぞうさくじょうと)」という言葉を目にすることがあります。これは、前の借主が設置した内装や設備(=造作)を、次の借主が買い取るという仕組みです。その対価として支払うお金が「造作譲渡料」または「店舗譲渡料」です。
これは物件の家賃や保証金とは別に、前の借主(または物件オーナー)に対して支払う費用であり、交渉によって金額が決まります。数十万円程度の場合もあれば、数百万円にのぼることもあります。
ここで注意すべきは、造作譲渡料の金額が、譲渡される造作の価値に見合っているかを冷静に判断する必要があるという点です。前の借主としては、自身が投資した分を少しでも回収したいという思いがあるため、市場価値よりも高めの金額を提示してくるケースが少なくありません。
提示された金額に納得がいかない場合は、価格交渉が必要です。その際は、譲渡対象となる設備の一覧(譲渡資産リスト)を作成してもらい、一つひとつの設備の年式や状態を確認し、減価償却などを考慮した上で、妥当な金額を算出することが重要です。
もし、高額な造作譲渡料を支払ってしまうと、せっかくの居抜き物件のコストメリットが失われてしまいます。 物件取得費と造作譲渡料の合計金額が、スケルトン物件から開業する場合の総費用に近くなるようであれば、あえてその居抜き物件を選ぶ意味は薄いと言えるでしょう。造作譲渡料の有無と金額は、物件の収支計画を立てる上で非常に重要な要素となります。
スケルトン物件でバーを開業するメリット・デメリット
居抜き物件が「既存のものを賢く活用する」選択肢であるのに対し、スケルトン物件は「ゼロから理想を追求する」ための選択肢です。この二つは対極にある存在であり、スケルトン物件のメリットとデメリットを理解することは、居抜き物件の特性をより深く知ることにも繋がります。ここでは、スケルトン物件が持つ魅力と、乗り越えなければならない課題について解説します。
メリット:コンセプトに合わせた自由な店づくりが可能
スケルトン物件の最大の、そして唯一無二のメリットは、何にも制約されることなく、完全に自由な発想で店舗を創造できる点にあります。それはまるで、真っ白なキャンバスに絵を描くようなものです。
- コンセプトの完全な具現化: あなたが思い描くバーのコンセプトを、細部に至るまで100%忠実に再現できます。例えば、「1枚板の重厚なカウンターを店の主役にしたい」「DJブースを設置して最高の音響空間を作りたい」「秘密の個室がある隠れ家のようなバーにしたい」といった、具体的なこだわりを形にできます。居抜き物件では既存のレイアウトにコンセプトを合わせる必要がありますが、スケルトン物件ではコンセプトに合わせてレイアウトをゼロから設計できます。
- 最適なオペレーションの構築: スタッフの働きやすさ、つまりオペレーションの効率は、顧客満足度と直結します。スケルトン物件なら、ドリンクを作る場所、グラスを洗う場所、会計をする場所、食材を保管する場所など、すべての動線を最も効率的になるように設計できます。無駄のない動きはサービスのスピードと質を高め、結果として店の評判を向上させます。
- 強力なブランディングと差別化: ゼロから作り上げた独創的な空間は、それ自体が強力なメッセージとなり、店のブランドイメージを構築します。ありきたりではない、記憶に残る空間は、SNSでの拡散を促したり、雑誌やメディアで取り上げられたりするきっかけにもなります。競合がひしめく中で、「あそこのバーは空間が素晴らしい」という評価を得ることは、極めて強力な競争優位性となります。
- 新品設備による安心感: 内装も設備もすべて新品で揃えるため、居抜き物件のような老朽化や故障のリスクは最小限に抑えられます。開業後の予期せぬトラブルや出費に悩まされる可能性が低く、安心して営業に集中できるという精神的なメリットも大きいでしょう。
このように、スケルトン物件は、資金と時間に余裕があり、自らのクリエイティビティを最大限に発揮して唯一無二の店を創り上げたいと考えるオーナーにとって、最高の選択肢と言えます。
デメリット:開業費用が高額になりやすい
自由な店づくりという華やかなメリットの裏側には、莫大なコストと時間という厳しい現実が待ち受けています。スケルトン物件を選ぶ際に覚悟しなければならないデメリットは、主に以下の2点です。
- 高額な初期投資: これが最大のハードルです。居抜き物件であれば不要、あるいは大幅に削減できる費用が、スケルトン物件ではすべて必要になります。
- 設計・デザイン費: 店舗デザイナーに依頼する場合、工事費の10%〜15%程度が相場と言われます。
- 内装工事費: 壁、床、天井の造作、塗装、左官工事など、坪単価で30万円~100万円以上かかることも珍しくありません。こだわりが強ければ強いほど、費用は青天井に上がっていきます。
- インフラ設備工事費: 電気の幹線引き込み、ガスの配管、給排水・換気ダクトの設置など、建物の構造にも関わる工事は特に高額になりがちです。
- 設備購入費: 厨房機器、空調設備、什器などをすべて新品で揃えるため、数百万円単位の費用が発生します。
これらの合計は、小規模なバーであっても1,000万円を超えるケースは決して稀ではありません。居抜き物件と比較して、初期投資が500万円~1,000万円以上高くなることは覚悟しておく必要があります。
- 長い準備期間と空家賃: 自由な設計には時間がかかります。コンセプトの打ち合わせ、図面の作成・修正、施工業者の選定、そして実際の工事期間を合わせると、物件契約からオープンまで半年以上かかることも十分にあり得ます。この間、売上は一切ありませんが、家賃は毎月支払わなければなりません。仮に家賃40万円の物件で準備に6ヶ月かかった場合、240万円もの空家賃が発生します。この負担は、事業計画において非常に大きなリスクとなります。
比較項目 | スケルトン物件のメリット | スケルトン物件のデメリット |
---|---|---|
コンセプト | 100%理想通りの空間を実現できる | – |
デザイン | 完全に自由。強力なブランディングが可能 | – |
オペレーション | 最適な動線を設計でき、効率性が高い | – |
設備 | 全て新品で導入するため、故障リスクが低い | 設備購入費が高額になる |
費用 | – | 内装・設備工事で数百万~1,000万円以上の高額な初期投資が必要 |
時間 | – | 設計から工事完了まで半年以上かかることもあり、その間の空家賃負担が大きい |
結論として、スケルトン物件は「ハイリスク・ハイリターン」な選択肢です。成功すれば唯一無二の繁盛店を生み出す可能性を秘めていますが、そのためには潤沢な資金計画と、準備期間中のキャッシュフローを乗り切る体力、そして何より「このコンセプトなら絶対に成功する」という確固たる事業計画が不可欠です。
バーの物件探しから契約までの8ステップ
理想のバーを開業するためには、思いつきで行動するのではなく、戦略的かつ体系的なアプローチで物件探しを進めることが重要です。ここでは、物件探しを始めてから契約を締結し、開業準備に取り掛かるまでの具体的な流れを8つのステップに分けて解説します。
① お店のコンセプトを明確にする
物件探しを始める前に、まずやるべき最も重要なことは「どんなバーを作りたいのか」というコンセプトを徹底的に具体化することです。コンセプトが曖昧なまま物件を探し始めると、判断基準がブレてしまい、不動産会社の担当者にも希望が伝わらず、結果的に時間だけが過ぎていくことになります。
以下の項目について、具体的に言葉にしてみましょう。
- 業態: オーセンティックバー、ショットバー、ダイニングバー、スタンディングバー、ミュージックバー、スポーツバーなど。
- ターゲット客層: 年齢層、性別、職業(ビジネスパーソン、学生、地元住民)、ライフスタイルなど。誰に一番来てほしいですか?
- 価格帯: ドリンク1杯の平均価格、フードメニューの価格設定、客単価はいくらを想定しますか?
- 提供メニュー: こだわりのカクテル、ウイスキーの品揃え、ワイン、クラフトビール、そしてフードは乾き物程度か、本格的な料理まで提供するのか。
- 店の雰囲気: 賑やか、静か、高級感、カジュアル、レトロ、モダン、隠れ家的など。
- 規模: カウンターは何席、テーブルは何席で、全体の収容人数は何人くらいを想定しますか?
このコンセプトが、後のすべての判断基準となります。 例えば、「静かにウイスキーを楽しめる大人の隠れ家」というコンセプトなら、繁華街のど真ん中ではなく、少し落ち着いた路地裏の小規模な物件が候補になります。コンセプトを固めることで、物件に求める条件(立地、広さ、雰囲気)が自ずと見えてくるのです。
② 事業計画を立てて予算を決める
コンセプトが決まったら、次はその夢を現実に落とし込むための「事業計画」を作成します。特に重要なのが資金計画です。どんぶり勘定で進めるのは絶対に避けましょう。
- 売上予測: ターゲット客層、席数、客単価、回転率から、1日、1ヶ月、1年間の売上を予測します。最初は控えめに見積もるのが鉄則です。
- 資金調達計画: 自己資金はいくら用意できるのか。不足分は日本政策金融公庫などからの融資を受けるのか。具体的な調達方法と金額を計画します。
- 支出計画(初期投資・運転資金): 開業に必要な資金(物件取得費、内装工事費、設備費など)と、開業後の運営に必要な資金(家賃、人件費、仕入れ費、水道光熱費など)を詳細に洗い出します。
この事業計画に基づき、「物件探しに使える予算の上限」を具体的に決定します。 物件取得費にいくらまで出せるのか、そして毎月の家賃はいくらまでなら支払えるのか。特に家賃は、一般的に「売上予測の10%以内」が健全経営の目安とされています。この上限額を明確にしておくことで、身の丈に合わない物件に手を出してしまう失敗を防げます。
③ 開業したいエリアを選定する
コンセプトと予算が固まったら、いよいよ具体的なエリア選定に入ります。①で明確にしたターゲット客層が、実際に「いる」あるいは「集まる」エリアはどこかを考えます。
- オフィス街: 平日の仕事帰り客がメインターゲット。土日の集客が課題。
- 繁華街: 幅広い層を集客できるが、競合が多く家賃も高い。深夜営業の需要も大きい。
- 住宅街: 地元住民がターゲット。常連客化しやすいが、新規顧客の獲得が難しい。
- ターミナル駅周辺: 人通りは多いが、通過客が中心。目的来店してもらうための強い魅力が必要。
候補となるエリアをいくつかリストアップしたら、実際にその街を歩いてみましょう。平日と休日、昼と夜でそれぞれ街の雰囲気がどう変わるかを確認することが重要です。自分の店のターゲット客層が、どの時間帯に、どのような目的でそのエリアを訪れているかを肌で感じ取りましょう。
④ 不動産会社に相談し物件情報を集める
エリアが決まったら、本格的な物件探しがスタートします。主な情報収集の方法は以下の通りです。
- 飲食店専門の不動産会社: 最もおすすめの方法です。飲食店専門の不動産会社は、バー開業に必要な設備や法規制に関する知識が豊富で、的確なアドバイスが期待できます。また、ウェブサイトには掲載されていない「非公開物件」の情報を持っていることも多く、思わぬ掘り出し物に出会える可能性があります。
- 物件検索サイト: 「飲食店ドットコム」などの専門サイトを活用し、自分で情報を探します。エリアや家賃、居抜き・スケルトンといった条件で絞り込めるため、相場感を掴むのにも役立ちます。
- 自分の足で探す: 開業したいエリアを歩き、「貸店舗」の貼り紙を探すという原始的な方法も有効です。特に、閉店したばかりの物件などは、不動産市場に出回る前の情報である可能性があります。
⑤ 候補となる物件を内見する
気になる物件が見つかったら、必ず内見(現地見学)を行います。内見は、あなたのバーの将来を左右する重要なプロセスです。チェックリスト(後の章で詳述)を用意し、漏れなく確認しましょう。
- 時間帯を変えて複数回訪問する: 昼間の明るい時間帯と、実際に営業する夜の時間帯の両方で訪問し、周辺環境や人通りの変化を確認します。
- 専門家と同行する: 可能であれば、内装工事を依頼する予定の施工業者に同行してもらい、プロの視点から設備や構造上の問題がないかをチェックしてもらうと安心です。
- 採寸と写真撮影: メジャーを持参し、カウンターの高さや厨房の広さなどを実測します。また、後で比較検討できるよう、物件の隅々まで写真を撮っておきましょう。
⑥ 物件の申し込みと条件交渉を行う
「ここだ!」という物件が見つかったら、貸主に対して入居の意思表示をする「申し込み(買付証明書・入居申込書の提出)」を行います。この申し込みは、あくまで意思表示であり、契約ではありません。
申し込みと同時に、より有利な条件で契約するための「条件交渉」が始まります。交渉可能な項目としては、以下のようなものがあります。
- 家賃(賃料): 数%程度の減額交渉。
- 保証金(敷金): 預け入れる月数の減額交渉。
- 礼金: 減額や免除の交渉。
- フリーレント: 入居後、一定期間(例:1〜3ヶ月)の家賃を無料にしてもらう交渉。内装工事期間中の家賃負担を軽減できます。
- 造作譲渡料: 居抜き物件の場合、金額の減額交渉。
人気物件は競争が激しいため、無理な交渉は禁物です。 しかし、ダメ元でも交渉してみる価値は十分にあります。
⑦ 賃貸借契約を結ぶ
交渉がまとまり、貸主からの入居審査が通れば、いよいよ賃貸借契約の締結です。契約書は専門的で難しい言葉が並んでいますが、内容を理解しないまま署名・捺印するのは絶対にやめてください。
特に以下の項目は、後々のトラブルを防ぐために必ず確認が必要です。
- 契約期間と更新条件:
- 禁止事項:(例:看板設置の制限、深夜営業の可否など)
- 修繕義務の範囲: どちらがどの部分の修繕費用を負担するのか。
- 原状回復義務: 退去時にどこまで元に戻す必要があるか。居抜きで入居した場合でも「スケルトン返し」を求められる契約になっているケースもあるため、最重要の確認項目です。
不安な点があれば、不動産会社の担当者に遠慮なく質問しましょう。高額な契約になるため、弁護士などの専門家に契約書の内容をチェックしてもらう「リーガルチェック」を依頼することも有効な手段です。
⑧ 開業準備を進める
賃貸借契約が完了し、物件の鍵を受け取ったら、いよいよ夢の実現に向けた開業準備が本格化します。
- 内装・外装工事の発注と着工
- 各種許認可の申請(飲食店営業許可、深夜酒類提供飲食店営業届など)
- 仕入れ先の選定と契約
- スタッフの募集と採用
- メニューブックや販促物の作成
これらの準備は、工程管理をしっかりと行い、計画的に進めていく必要があります。オープン日から逆算してスケジュールを立て、着実に実行していきましょう。
失敗しないためのバー物件探しのコツ
物件探しは、情報収集と慎重な判断が求められる複雑なプロセスです。多くの候補の中から「当たり」の物件を引き当てるためには、いくつかのコツを知っておくことが重要です。ここでは、多くの開業者が陥りがちな失敗を避け、成功確率を高めるための実践的な4つのコツをご紹介します。
家賃は売上予測の10%以下を目安にする
飲食店経営において、最も重要な経営指標の一つが「FLRコスト」です。これは、F(Food:食材費)、L(Labor:人件費)、R(Rent:家賃)の合計が売上に対して占める割合を示すものです。一般的に、このFLR比率が70%を超えると、利益を出すのが難しいと言われています。
その中でも、家賃(Rent)は毎月固定で発生する最大の経費です。売上が良くても悪くても、容赦なく支払日がやってきます。そのため、家賃の設定を誤ると、経営はあっという間に苦しくなります。
そこで一つの黄金律となるのが、「家賃は月間売上予測の10%以下に抑える」という考え方です。
例えば、月商150万円を見込むのであれば、家賃の上限は15万円ということになります。もし家賃20万円の物件を契約してしまうと、家賃比率は約13.3%となり、その分、利益が圧迫されるか、食材費や人件費を削らなければならなくなります。
開業前は「これくらいは売り上げられるだろう」と楽観的な売上予測を立てがちです。しかし、現実はそう甘くありません。事業計画を立てる際には、できるだけ堅実で、現実的な売上予測を立て、その10%を家賃の上限として厳守することが、長期的に安定した経営を続けるための生命線となります。この基準を自分の中の「絶対ルール」として物件探しに臨むことで、魅力的に見える高家賃物件の誘惑を断ち切ることができます。
立地は人通りだけでなくコンセプトとの相性で選ぶ
「立地が良い=人通りが多い場所」と短絡的に考えてしまうのは、よくある間違いです。もちろん、人通りが多いことは集客において有利な要素ですが、それがあなたのバーのコンセプトと合っていなければ、意味がありません。
例えば、あなたが作りたいバーが「一杯のウイスキーと静かに対話できる、大人のためのオーセンティックバー」だとします。このような店を、若者や観光客でごった返す繁華街のメインストリートに構えたらどうなるでしょうか。店の前を通り過ぎる多くの人々は、あなたの店のターゲット客層ではありません。むしろ、喧騒が店の雰囲気を壊してしまう可能性すらあります。この場合、最適な立地は、メインストリートから一本入った、落ち着いた雰囲気の路地裏かもしれません。
逆に、「誰でも気軽に立ち寄れる、賑やかなスタンディングバー」がコンセプトなら、駅前や人通りの多い交差点に面した物件が最適でしょう。
重要なのは、「量より質」の視点です。ただ漠然と多くの人が通る場所ではなく、「あなたの店のターゲット顧客が、あなたの店に求めるシチュエーションで訪れる場所」はどこかを考える必要があります。そのためには、エリア選定の段階で、実際に街を歩き、道行く人々を観察し、「この人たちに響くのはどんな店だろうか?」と自問自答するプロセスが不可欠です。コンセプトとの相性というフィルターを通して立地を見ることで、本当に価値のある場所が見えてきます。
繁華街から一本入った道や空中階・地下も検討する
バーという業態の特性を理解することも、物件探しの視野を広げる上で役立ちます。レストランやカフェと異なり、バーは「目的来店型」の傾向が強い業態です。「あそこのバーに行こう」と、明確な目的を持って訪れるお客様が多いのです。
これはつまり、必ずしも視認性の高い1階の路面店(路面店)にこだわる必要はないということを意味します。もちろん、路面店はふらっと立ち寄る「ウォークイン客」を獲得しやすいというメリットがありますが、その分、家賃は格段に高くなります。
そこで検討したいのが、以下の選択肢です。
- 一本裏の通り(裏路地): メインストリートから一本入るだけで、家賃が2〜3割安くなることも珍しくありません。「隠れ家」という付加価値も生まれやすく、バーのコンセプトとマッチしやすい立地です。
- 空中階(2階以上): 2階以上の物件は、1階に比べて家賃が大幅に安くなります。窓からの夜景が楽しめるなど、空中階ならではの魅力もあります。ただし、エレベーターの有無や、入り口の分かりやすさが課題となります。魅力的な看板や誘導サインの工夫が必須です。
- 地下(地階): 地下物件も家賃が割安な傾向にあります。「秘密基地」のような独特の雰囲気を演出しやすく、防音性にも優れているため、音楽をかけるバーなどにも適しています。一方で、湿気対策や換気、閉塞感の払拭、そして何より入店への心理的ハードルをどう下げるかが重要なポイントになります。
これらの物件は、家賃という最大の固定費を抑える上で非常に有効な選択肢です。抑えた家賃分を、内装や酒類の充実に投資したり、広告宣伝費に回したりすることで、より戦略的な経営が可能になります。路面店という固定観念を捨て、視野を広げて探してみましょう。
複数の不動産会社に相談する
物件探しは情報戦です。より多くの、質の高い情報を得ることが、良い物件との出会いに繋がります。そのためには、1社の不動産会社だけに頼るのではなく、必ず複数の会社に相談するようにしましょう。
不動産会社には、それぞれ得意なエリアや物件の種類(居抜きに強い、繁華街に強いなど)があります。また、一人の担当者との相性も重要です。複数の会社・担当者と接することで、以下のようなメリットが生まれます。
- 情報量の最大化: A社が持っていない「非公開物件」の情報をB社が持っている、というケースは頻繁にあります。相談する窓口を増やすことで、市場に出回っている物件情報を網羅的にキャッチできます。
- 客観的な視点の獲得: 複数の担当者から話を聞くことで、特定のエリアの家賃相場や動向について、より客観的で多角的な視点を持つことができます。一人の意見を鵜呑みにするリスクを避けられます。
- 信頼できるパートナーの見極め: こちらのコンセプトを深く理解し、親身になって提案してくれる担当者もいれば、自社の利益を優先して物件を押し付けてくる担当者もいます。複数の担当者とコミュニケーションをとる中で、本当に信頼できるパートナーを見極めることができます。
最初は2〜3社の飲食店専門不動産会社にコンタクトを取り、それぞれの対応や提案内容を比較検討することから始めてみるのがおすすめです。良いパートナーとの出会いが、物件探しの成功を大きく左右します。
契約前に確認すべき物件探しの重要チェックリスト
理想の物件候補が見つかり、気持ちが高ぶっていても、契約書にサインする前には一度冷静になり、細部にわたる最終確認を行う必要があります。この段階での見落としは、開業後の大きなトラブルや想定外のコストに繋がりかねません。ここでは、契約前に必ず確認すべき重要項目を、網羅的なチェックリストとしてまとめました。内見時や契約交渉の際に、このリストを片手に一つずつ潰していくことをお勧めします。
物件の周辺環境と立地
物件そのものだけでなく、その物件を取り巻く環境が、店の成功に大きく影響します。特にバーの営業が始まる夜間の状況は入念にチェックしましょう。
競合店の状況
- 周辺のバーや飲食店のリストアップ: 半径200m〜300m圏内にある競合となりうる店をすべてリストアップし、実際に訪れてみましょう。
- コンセプトの重複確認: 自分の店のコンセプトと完全に被る店はないか?価格帯、客層、店の雰囲気などを比較します。
- 競合店の強み・弱みの分析: 繁盛している店は何が魅力なのか?逆に、空いている店にはどんな問題がありそうか?を分析し、自分の店が入り込む隙があるか(差別化できるか)を考えます。
- 相乗効果の可能性: 例えば、周辺に美味しいレストランが多ければ、食後に流れてくる二次会需要を狙えるかもしれません。競合は敵であると同時に、エリア全体を盛り上げる仲間にもなり得ます。
ターゲット層の往来
- 時間帯別の定点観測: 平日と休日、そして夕方・夜・深夜の各時間帯に物件の前や周辺に立ち、どのような人々が通行しているかを観察します。
- 属性の確認: 自分のターゲットとする年齢層、性別、グループ構成(一人、カップル、団体)の人々は、実際にその場所を歩いていますか?
- 通行の目的: 彼らは通勤・通学の途中なのか、食事や買い物が目的なのか、それともただ通過しているだけなのかを推測します。
夜間の人通りと治安
- 営業時間のシミュレーション: 実際にバーを営業するであろう時間帯(例:20時〜24時)の状況を確認します。人通りは極端に少なくなっていませんか?
- 街灯と明るさ: 店舗周辺や最寄り駅からの道は十分に明るいか?特に女性客が安心して歩ける環境かは重要です。
- 周辺の雰囲気: 酔っ払いや客引きの有無、近隣の店舗の客層など、エリア全体の治安や雰囲気を肌で感じ取ります。
必要な設備やインフラは整っているか
内装は後から変えられても、建物の基本的なインフラを変更するのは非常に困難で高コストです。契約前に必ず確認しましょう。
電気・ガス・水道の容量
- 電気容量: バーは製氷機、コールドテーブル、エアコン、音響、照明など、意外と多くの電気を使います。必要な電気容量(アンペア数)を事前に計算し、物件の容量がそれを満たしているか確認します。容量が不足している場合、増設工事が必要になりますが、建物によっては増設自体が不可能な場合もあります。
- ガス種別と容量: ガスコンロなどで調理を行う場合、ガスの引き込みは必須です。都市ガスかプロパンガスかによってランニングコストが大きく変わります。また、厨房機器に見合ったガス容量(号数)があるかも確認が必要です。
- 水道(給排水)の口径: シンクや食洗機を複数台設置する場合、十分な給水量と排水能力が必要です。水道管の口径が細すぎると、水圧が弱かったり、排水が詰まりやすくなったりします。
防水・防音・換気設備
- 防水: 厨房やトイレの床に防水処理が施されているかは必須のチェック項目です。万が一の水漏れが階下への大きな被害に繋がります。
- 防音: バー経営で最も多い近隣トラブルが「騒音」です。 お客様の話し声やBGMが、隣のテナントや上階の住戸にどれくらい響くかを確認します。壁を叩いて音の伝わり方をチェックしたり、可能であれば夜間に音楽を流させてもらったりすると確実です。特に、住居が併設されている「住居付き店舗」や雑居ビルでは慎重な確認が求められます。
- 換気(給排気): 厨房からの排気やタバコの煙を適切に外部へ排出できるかを確認します。排気ダクトがどこに向かって伸びているか(隣の家の窓に向かっていないかなど)も重要です。換気が不十分だと、店内に匂いがこもってお客様に不快感を与えるだけでなく、近隣からのクレームの原因にもなります。
法律上の制限はクリアしているか
せっかく物件を契約しても、法律上の問題で営業許可が下りなければ元も子もありません。専門的な内容ですが、必ず確認が必要です。
用途地域
- 都市計画法に基づき、地域ごとに建てられる建物の種類が定められています。バー(飲食店)の営業は、「第一種・第二種低層住居専用地域」や「工業専用地域」では原則としてできません。 物件の所在地がどの用途地域に該当するか、市区町村の都市計画課などで必ず確認しましょう。
消防法
- 収容人数や建物の構造によって、設置が義務付けられる消防設備(消火器、自動火災報知設備、誘導灯、スプリンクラーなど)が異なります。既存の設備が基準を満たしているか、追加で設置する必要があるかなどを、契約前に所轄の消防署に事前相談するのが最も確実です。追加工事が必要な場合、その費用負担についても貸主と協議する必要があります。
賃貸借契約の条件を細かく確認する
契約書は、貸主と借主の間のルールブックです。隅から隅まで読み込み、疑問点はすべて解消してからサインしましょう。
- 契約形態: 普通借家契約か、定期借家契約か。定期借家契約の場合、契約期間満了時に更新がなく、退去しなければならない可能性があるため注意が必要です。
- 原状回復義務の範囲: 最もトラブルになりやすい項目の一つです。 退去時にどこまで元に戻す必要があるのかを明確に確認します。「入居時の状態に戻す」という文言が、居抜きで入居したにもかかわらず「スケルトン状態に戻す」ことを意味する場合があります。特約などで、「居抜き状態で返却可能」といった文言を入れてもらう交渉も重要です。
- 禁止事項・制限事項: 看板のサイズや設置場所の制限、深夜営業の可否、ペット同伴の可否など、営業に関わる制限がないかを確認します。
- 解約予告期間と違約金: 契約期間の途中で解約する場合、何ヶ月前に予告する必要があるか、また、違約金は発生するかどうかを確認します。
バー開業に必要な資金の内訳
バー開業という夢を実現するためには、どれくらいの資金が必要になるのかを具体的に把握することが不可欠です。開業資金は、大きく「物件取得費」「内装・外装工事費」「設備・備品費」という初期投資(イニシャルコスト)と、開業後の経営を支える運転資金(ランニングコスト)に分けられます。ここでは、それぞれの内訳を詳しく見ていきましょう。
物件取得費
物件取得費は、賃貸借契約を結ぶ際に必要となる資金で、開業資金の中でも大きな割合を占めます。一般的に、家賃の10ヶ月分程度が目安と言われていますが、物件の条件によって大きく変動します。
- 保証金(敷金): 家賃滞納や退去時の原状回復費用に充てられる担保として、貸主に預けるお金です。相場は家賃の6ヶ月〜10ヶ月分。この保証金は、退去時に未払い家賃や修繕費を差し引いて返還されます。
- 礼金: 貸主に対して、お礼として支払うお金です。保証金とは異なり、返還されることはありません。相場は家賃の1ヶ月〜2ヶ月分。交渉次第で減額や免除されることもあります。
- 仲介手数料: 物件を紹介してくれた不動産会社に支払う手数料です。法律で上限が定められており、家賃の1ヶ月分+消費税が一般的です。
- 前家賃: 契約した月の家賃と、翌月分の家賃を前払いで支払います。月の途中で契約した場合は、日割り家賃+翌月分の家賃となります。
- 造作譲渡料: 居抜き物件の場合に発生する可能性がある費用です。前のテナントから内装や設備を買い取るための対価で、金額は交渉次第です。数十万円から数百万円と幅があります。
例えば、家賃20万円の物件を契約する場合、保証金(6ヶ月分)、礼金(1ヶ月分)、仲介手数料(1ヶ月分)、前家賃(1ヶ月分)と仮定すると、物件取得費だけで「20万円 × 9ヶ月分 = 180万円」が必要になる計算です。
内装・外装工事費
物件の「ハコ」を、コンセプトに合った「お店」へと変貌させるための費用です。これは、居抜き物件かスケルトン物件かによって、金額が最も大きく変わる項目です。
- 設計・デザイン費: 店舗デザイナーや設計事務所に依頼する場合に発生します。一般的に、工事費総額の10%〜15%程度が目安とされます。
- 内装工事費: 壁、床、天井の工事、カウンターや棚の造作、塗装、電気・ガス・水道の配線・配管工事などが含まれます。費用感の目安として「坪単価」がよく使われます。
- 居抜き物件の場合: 軽微な改装で済むことが多く、坪単価10万円〜30万円程度。
- スケルトン物件の場合: 全てをゼロから作り上げるため、坪単価30万円〜100万円以上かかることもあります。デザインに凝れば凝るほど高額になります。
- 外装工事費: 看板、ファサード(建物の正面)、入り口ドアなどの工事費用です。店の顔となる部分であり、集客を左右する重要な投資です。
10坪のバーを開業する場合、居抜きなら100万円〜300万円、スケルトンなら300万円〜1,000万円以上の工事費がかかる可能性があるとイメージしておくと良いでしょう。
設備・備品費
バーを運営するために必要な、あらゆるモノを揃えるための費用です。
- 厨房設備費:
- 業務用冷蔵庫(コールドテーブル): 20万円〜
- 製氷機: 15万円〜
- シンク、作業台: 10万円〜
- コンロ、電子レンジ、食洗機など
- 什器・備品費:
- カウンターチェア、テーブル、ソファ: 数や質によりますが、数十万円〜
- POSレジシステム: 10万円〜50万円
- 音響設備(アンプ、スピーカー): 5万円〜
- 照明器具
- 食器・グラス・調理器具費:
- カクテルグラス、ロックグラス、タンブラーなど、種類と数を揃えるとかなりの金額になります。
- シェーカー、メジャーカップ、バースプーンなどのバーツール一式
- 初期仕入れ費:
- オープン時に必要な酒類(リキュール、スピリッツ、ウイスキー、ビール、ワインなど)や食材の仕入れ費用。品揃えによりますが、30万円〜100万円程度は見ておく必要があります。
これらの設備・備品費も、合計で100万円〜300万円以上になることが一般的です。
運転資金
開業してすぐに経営が軌道に乗るとは限りません。売上が安定するまでの間、店舗を維持していくための「体力」となるのが運転資金です。初期投資とは別に、必ず確保しておくべき非常に重要なお金です。
運転資金が不足すると、支払いが滞り、黒字倒産に陥るリスクさえあります。一般的に、最低でも月間経費の3ヶ月分、できれば6ヶ月分の運転資金を用意しておくことが推奨されます。
月間経費の例(家賃20万円の場合):
- 家賃: 20万円
- 人件費(アルバイト1名): 15万円
- 水道光熱費: 5万円
- 仕入れ費(売上の30%と仮定): 売上による変動費
- その他経費(通信費、広告宣伝費、消耗品費など): 5万円
固定費だけでも月々45万円程度かかるとすると、3ヶ月分で135万円、6ヶ月分で270万円の運転資金が必要ということになります。初期投資のことで頭がいっぱいになりがちですが、この運転資金の確保を絶対に忘れないでください。
開業資金を抑えるための3つのポイント
バー開業には多額の資金が必要となりますが、工夫次第でその負担を軽減することは可能です。特に自己資金が限られている場合や、融資額をできるだけ抑えたい場合には、コスト削減の努力が不可欠です。ここでは、開業資金を賢く抑えるための実践的な3つのポイントをご紹介します。
① 居抜き物件を活用する
これは、開業資金を抑える上で最も効果的な方法と言えるでしょう。前述の通り、居抜き物件は前のテナントが使用していた内装や設備をそのまま引き継げるため、本来であれば数百万円単位でかかるはずの「内装工事費」と「設備費」を劇的に圧縮できます。
スケルトン物件から開業する場合、内装工事費だけで坪単価30万円以上、10坪の店なら300万円以上かかることも珍しくありません。さらに、製氷機やコールドテーブルといった厨房設備を新品で揃えれば、追加で100万円以上の出費となります。
一方、自分のコンセプトに合った居抜き物件を見つけることができれば、これらの費用がほとんどかからない、あるいは軽微な手直し(壁紙の張り替えやクリーニングなど)の数十万円で済む可能性があります。数百万円単位のコストを削減できれば、その分を潤沢な運転資金に回すことができます。 開業当初の売上が不安定な時期を乗り切るための「体力」を確保できることは、精神的な安定にも繋がり、経営に集中できるという大きなメリットをもたらします。
もちろん、居抜き物件には設備の老朽化やレイアウトの制約といったデメリットもあります。しかし、それらのリスクを差し引いても、開業資金を抑えたいと考える起業家にとって、居抜き物件の活用が最優先の検討事項であることは間違いありません。
② リースや中古品を検討する
内装費と並んで大きなウェイトを占めるのが設備費です。特に、業務用冷蔵庫(コールドテーブル)や製氷機、食洗機といった厨房機器は高額です。これらの初期導入コストを抑えるために、リースや中古品の活用を積極的に検討しましょう。
- リース: リースは、リース会社が購入した新品の機器を、月々定額の料金で長期間借りる契約です。
- メリット:
- 購入に比べて初期費用を大幅に抑えられる。
- 月々のリース料は経費として計上できる。
- 契約期間中の故障に対する修理・メンテナンスがサービスに含まれていることが多い。
- デメリット:
- 支払総額は購入するよりも割高になる。
- 契約期間中の途中解約が原則できない。
- メリット:
- 中古品(リサイクル品): 業務用の厨房機器を専門に扱うリサイクルショップなどを利用して、中古の設備を購入する方法です。
- メリット:
- 新品に比べて半額以下で購入できる場合もあり、導入コストを大幅に削減できる。
- デメリット:
- メーカー保証がないことが多く、故障のリスクがある。
- 最新モデルに比べて性能が劣る場合がある。
- 状態の良い製品を見つけるためには、知識や目利きが必要。
- メリット:
全ての設備を新品で揃える必要はありません。 例えば、お客様の目に触れない厨房内の冷蔵庫やシンクは中古品でコストを抑え、お客様が座るカウンターチェアや店の顔となるグラス類にはお金をかける、といったメリハリのある投資が賢明です。リースと中古品をうまく組み合わせることで、品質とコストのバランスを取りながら、開業資金を効果的に削減できます。
③ DIYを取り入れて工事費用を削減する
内装工事費を抑えるための有効な手段として、自分自身でできる部分の作業(DIY: Do It Yourself)を行うことが挙げられます。プロの業者にすべてを任せるのではなく、自分の手で店づくりに参加することで、コストを削減できるだけでなく、店への愛着も一層深まります。
ただし、どんな作業でもDIYでできるわけではありません。安全性や専門性が求められる工事は、必ず資格を持ったプロに依頼する必要があります。
- DIYに向いている作業:
- 壁の塗装: 既存の壁の色を変えるだけで、店の雰囲気は大きく変わります。友人や仲間と協力して行えば、イベント感覚で楽しく作業できます。
- 棚や簡単な家具の製作・設置: バックバーの棚や、小さなテーブルなどを自作・設置することで、コストを抑えつつオリジナリティを出すことができます。
- 壁紙(クロス)の張り替え: 比較的簡単な作業であり、デザインの選択肢も豊富です。
- 床材の設置: クッションフロアやフロアタイルなど、初心者でも扱いやすい床材を選べばDIYも可能です。
- 必ずプロに任せるべき作業:
- 電気工事: コンセントの増設や照明の配線などは、電気工事士の資格が必要です。感電や火災の危険があるため、絶対に自分で行ってはいけません。
- ガス工事: ガス管の接続や移設は、専門の資格を持つ業者に依頼する必要があります。ガス漏れは重大な事故に繋がります。
- 水道(給排水)工事: 水漏れは階下のテナントに甚大な被害を及ぼす可能性があるため、プロによる確実な施工が不可欠です。
- 構造に関わる工事: 壁の撤去や増設など、建物の構造に影響を与える工事は、専門家の判断と施工が必要です。
DIYを取り入れる際は、まず施工業者に相談し、「どこまでを自分たちで作業できるか」「どの部分をプロにお願いすべきか」の線引きを明確にすることが重要です。無理のない範囲でDIYに挑戦し、賢く工事費用を削減しましょう。
バー開業に必須の資格と営業許可
バーを開業し、お客様にお酒や食事を提供するためには、いくつかの法的な手続きを踏み、必要な資格の取得と営業許可の申請を完了させる必要があります。これらの手続きは、物件の契約や内装工事と並行して計画的に進めることが重要です。万が一、手続きに不備があると、オープンの延期や、最悪の場合は営業停止処分に繋がる可能性もあります。ここでは、バー開業に必須となる主な資格と許可について解説します。
食品衛生責任者
飲食店を営業する場合、各店舗に1名、必ず「食品衛生責任者」を置かなければなりません。 これは食品衛生法で定められた義務です。食品衛生責任者は、施設の衛生管理や従業員の健康管理など、食中毒や食品事故を防ぐための中心的な役割を担います。
- 取得方法:
- 各都道府県の食品衛生協会などが実施する「食品衛生責任者養成講習会」を受講することで取得できます。講習は通常1日で完了し、公衆衛生学、衛生法規、食品衛生学などの講義を受け、最後に簡単なテストがあります。
- 調理師、栄養士、製菓衛生師などの資格を持っている場合は、講習会を受けなくても食品衛生責任者になることができます。
- 注意点:
- 講習会は定員があるため、早めにスケジュールを確認し、予約することをおすすめします。
- この資格は、後述する「飲食店営業許可」を申請する際の必須要件となります。
参照:厚生労働省「食品衛生責任者」
飲食店営業許可
お酒だけでなく、フードメニューを提供したり、お客様から代金をいただいて飲食させたりする場合には、「飲食店営業許可」が不可欠です。 この許可は、店舗の所在地を管轄する保健所に申請します。
- 申請プロセス:
- 事前相談: 内装工事の着工前に、店舗の図面を持って保健所に事前相談に行くことが推奨されます。施設の基準(後述)を満たしているか、プロの視点からチェックしてもらえます。
- 申請書類の提出: 営業許可申請書、店舗の平面図、食品衛生責任者の資格を証明するものなどを提出します。
- 施設検査: 保健所の担当者が実際に店舗を訪れ、申請内容通りに施設が作られており、法令で定められた基準を満たしているかを確認します。
- 許可証の交付: 検査に合格すると、後日、飲食店営業許可証が交付されます。
- 主な施設基準(自治体により細則は異なります):
- 厨房区画が客席と明確に区切られていること。
- 厨房内に従業員用と食器用の2槽以上のシンクがあること(自動食洗機があれば1槽で可の場合も)。
- 従業員専用の手洗い設備と、お客様用の手洗い設備がそれぞれ設置されていること。
- 冷蔵庫に温度計が設置されていること。
- 食器棚に扉がついていること。
- 注意点:
- 施設基準を満たしていないと許可は下りません。物件を契約する前に、その物件で保健所の許可基準をクリアできるかを確認することが極めて重要です。
深夜酒類提供飲食店営業届
深夜0時(午前様)を過ぎて、お客様にお酒を提供して営業する場合には、「深夜酒類提供飲食店営業開始届出書」を警察署に提出する必要があります。 これは風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律(風営法)に基づく手続きです。
- 提出先: 店舗の所在地を管轄する警察署の生活安全課。
- 主な要件:
- 営業所の構造・設備: 客室の床面積が9.5平方メートル以上(客室が1室の場合は制限なし)、客室に見通しを妨げる設備(高さ1m以上の仕切りなど)がないこと、店内の明るさが20ルクス以下とならないことなどが求められます。
- 用途地域の制限: 住居専用地域や住居地域など、営業が禁止されているエリアがあります。 物件探しの段階で、用途地域を必ず確認する必要があります。
- 注意点:
- これは「許可」ではなく「届出」ですが、書類に不備があったり、要件を満たしていなかったりすると受理されません。
- あくまで「深夜にお酒を提供する」ための届出であり、「接待行為」を行うことは禁止されています。特定の客の隣に座って談笑したり、お酌をしたりする行為は接待とみなされ、別途「風俗営業1号許可」が必要になります。ガールズバーやホストクラブなどがこれに該当し、許可のハードルは格段に上がります。
参照:警視庁「深夜酒類提供飲食店営業」
防火管理者
店舗の収容人数(従業員含む)が30人以上になる場合、「防火管理者」を選任し、消防署に届け出る義務があります。 防火管理者は、火災の予防や、万が一火災が発生した際の初期消火、避難誘導などの消防計画を作成・実行する責任者です。
- 収容人数と資格の種類:
- 店舗の延床面積が300平方メートル以上の場合: 甲種防火管理者
- 店舗の延床面積が300平方メートル未満の場合: 乙種防火管理者
- 取得方法:
- 日本防火・防災協会などが実施する「防火管理者講習」を受講することで取得できます。講習期間は甲種が2日間、乙種が1日です。
- 注意点:
- 収容人数は、客席数だけでなく、従業員の数も含まれます。少し余裕を持った計算が必要です。
- 防火管理者の選任届は、営業開始前までに所轄の消防署に提出する必要があります。
これらの資格や許可は、それぞれ管轄する役所が異なり(保健所、警察署、消防署)、申請から取得までには時間がかかります。開業日から逆算して、余裕を持ったスケジュールで準備を進めましょう。
バー開業におすすめの物件検索サイト5選
バー開業の第一歩である物件探しにおいて、インターネット上の物件検索サイトは非常に強力なツールとなります。特に、飲食店に特化したサイトを利用することで、効率的に多くの情報を収集し、比較検討することが可能です。ここでは、バー開業を目指す方に特におすすめの物件検索サイトを5つ、それぞれの特徴とともにご紹介します。
(※掲載されている情報は、各公式サイトを基にしたものです。最新の情報や詳細については、各サイトで直接ご確認ください。)
サイト名 | 特徴 | 主なエリア | 参照元 |
---|---|---|---|
飲食店ドットコム | 業界最大級の物件掲載数。居抜き・スケルトン共に豊富で、開業ノウハウなどのコンテンツも充実。 | 全国 | 飲食店ドットコム 公式サイト |
居抜き市場 | 居抜き物件に特化。造作価格が明記されている物件が多く、専門コンサルタントのサポートも受けられる。 | 全国 | 居抜き市場 公式サイト |
ぶけなび | 首都圏の物件情報が中心。駅名や人気エリアからの検索機能が使いやすく、非公開物件も多い。 | 首都圏中心 | ぶけなび 公式サイト |
店舗そのままオークション | 退店者と出店者を直接結ぶオークション形式。交渉次第で低コストでの物件取得が期待できる。 | 全国 | 店舗そのままオークション 公式サイト |
HEYTENANT | AIが希望条件に合った物件を提案してくれる新しいサービス。非公開物件や希少な路面店情報も扱う。 | 全国 | HEYTENANT 公式サイト |
① 飲食店ドットコム
飲食店ドットコムは、飲食店の開業を目指すすべての人にとって、まず最初にチェックすべき業界最大級のポータルサイトです。その圧倒的な情報量が最大の魅力であり、全国の居抜き物件からスケルトン物件まで、常時数千件以上の物件情報が掲載されています。
- 特徴:
- 圧倒的な物件数: 北は北海道から南は沖縄まで、全国の店舗物件を網羅。希望エリアの物件相場を把握するのにも最適です。
- 詳細な検索条件: 「バー・バル・ダイニングバー」といった業態での絞り込みはもちろん、「カウンター席あり」「深夜営業可」など、バー開業に特化した細かい条件で検索できます。
- 開業支援コンテンツの充実: 物件情報だけでなく、開業ノウハウ、資金調達、厨房機器、求人情報など、飲食店経営に関わるあらゆる情報が一つのサイトで完結しています。物件探しと並行して、開業準備に必要な知識を学ぶことができます。
- 新着物件メール: 希望条件を登録しておくと、合致する新着物件がメールで届くため、好条件の物件を見逃しにくくなります。
② 居抜き市場
その名の通り、居抜き物件に特化した専門サイトです。初期費用を抑えて開業したいと考えている方には、非常に心強い味方となります。
- 特徴:
- 居抜き物件への特化: 掲載されている物件はすべて居抜き。無駄なく効率的に、希望に合った居抜き物件を探すことができます。
- 明確な造作価格: 多くの物件で、内装や設備の譲渡価格である「造作価格」が明記されています。これにより、資金計画が立てやすくなります。
- 専門コンサルタントのサポート: 物件探しだけでなく、事業計画の相談や資金調達、内装デザインの相談まで、専門のコンサルタントによる手厚いサポートを受けられるのが大きな特徴です。飲食店経営が初めての方でも安心して相談できます。
- スピード感: 良い物件が見つかれば、短期間での開業をサポートしてくれます。
③ ぶけなび
首都圏(東京、神奈川、埼玉、千葉)の店舗物件探しに強みを持つサイトです。都心部でバーを開業したいと考えている方には特におすすめです。
- 特徴:
- 首都圏中心の情報: 首都圏の物件情報に特化しているため、情報の密度が高く、エリアごとの詳細な検索が可能です。
- 検索のしやすさ: 「新宿ゴールデン街」「恵比寿横丁」といった人気の横丁・商店街や、駅名、路線から物件を探す機能が充実しており、直感的に使いやすいインターフェースです。
- 非公開物件の多さ: 会員登録をすることで、ウェブサイト上では公開されていない「非公開物件」の情報を得ることができます。好条件の物件は非公開で扱われることも多いため、登録しておく価値は高いでしょう。
④ 店舗そのままオークション
退店を考えているオーナーと、新しく出店したいオーナーを直接マッチングさせる、ユニークなオークション形式のサービスです。
- 特徴:
- オークション形式: 物件がオークション形式で取引されるため、買い手(出店者)は希望の金額で入札できます。交渉次第では、市場価格よりもかなり安く内装・設備一式を手に入れられる可能性があります。
- ダイレクトな情報: 退店するオーナーの「生の声」を聞ける機会があり、店舗の強みや弱み、運営上の注意点といったリアルな情報を得やすいのもメリットです。
- コスト削減の可能性: うまく交渉が進めば、保証金の減額や、営業権を含めた譲渡など、通常の不動産取引では難しい条件での契約が期待できる場合もあります。
⑤ HEYTENANT
AIを活用した新しい形の物件提案サービスで、従来のマッチングサイトとは一線を画します。忙しい中でも効率的に物件探しを進めたい方に向いています。
- 特徴:
- AIによる物件提案: 希望するエリアや業態、予算などの条件を登録しておくと、AIが自動で最適な物件をマッチングし、提案してくれます。自分で探し続ける手間が省けます。
- 非公開物件の豊富さ: HEYTENANTは、市場に出回らない非公開物件や、希少価値の高い路面店の情報を多く扱っているのが強みです。思わぬ掘り出し物に出会えるチャンスがあります。
- 専任エージェントのサポート: AIによる提案だけでなく、経験豊富な専任エージェントが物件探しから契約までをサポートしてくれます。
これらのサイトを複数活用し、それぞれの長所をうまく利用することで、物件探しの精度と効率を格段に高めることができます。
まとめ
バー開業という夢の実現に向けて、その成否の9割を占めるとも言われる「物件探し」。本記事では、その重要性から、物件の種類、それぞれのメリット・デメリット、具体的な探し方のステップ、そして契約前の注意点まで、網羅的に解説してきました。
改めて、重要なポイントを振り返りましょう。
- 物件は「居抜き」と「スケルトン」の2種類: 初期費用と時間を抑えたいなら「居抜き」、コンセプトを徹底追求したいなら「スケルトン」が基本です。しかし、居抜き物件にはレイアウトの制約や設備の老朽化といったリスクも伴うため、メリットとデメリットを天秤にかけ、慎重に判断することが求められます。
- 物件探しは戦略的なプロセス: 物件探しは、単なる場所探しではありません。コンセプトの明確化、事業計画と予算策定、エリア選定、そして内見での厳密なチェックという一連のステップを、計画的に進める必要があります。
- 成功のための実践的なコツ: 家賃は売上予測の10%以下に抑え、立地は人通りだけでなくコンセプトとの相性で選ぶ。空中階や地下といった選択肢も視野に入れ、複数の不動産会社から情報を得ることで、失敗のリスクを減らし、成功の確率を高めることができます。
- 契約前の最終確認が命運を分ける: 周辺環境、インフラ設備、法的制限、そして契約書の隅々まで。契約前のチェックリストを活用し、見落としがないか徹底的に確認することが、開業後の思わぬトラブルを防ぐための最後の砦です。
- 資金計画と法的手続きも並行して: 物件取得費や内装工事費といった初期投資だけでなく、最低でも3ヶ月分、理想は6ヶ月分の運転資金を確保することが、安定した経営の基盤となります。また、飲食店営業許可や深夜酒類提供飲食店営業届などの法的手続きも、開業スケジュールに組み込み、早めに準備を進めましょう。
バーの開業は、決して簡単な道のりではありません。しかし、正しい知識を身につけ、一つひとつのステップを丁寧に進めていけば、必ず道は拓けます。物件探しは、その長い旅路における最も重要で、そして最もエキサイティングなプロセスの一つです。
この記事が、あなたの理想の「城」を見つけるための確かな羅針盤となり、後悔のない物件探し、そして輝かしいバー開業の成功へと繋がる一助となれば幸いです。