店舗やオフィスの開業を考える際、物件選びは事業の成否を左右する極めて重要な要素です。物件の種類には大きく分けて「スケルトン物件」と「居抜き物件」の2つがあり、それぞれに異なる特徴、メリット、デメリットが存在します。特に、これから自分のこだわりを詰め込んだ理想の空間を創り上げたいと考える方にとって、スケルトン物件は魅力的な選択肢となるでしょう。
しかし、「スケルトン物件って具体的にどんな状態なの?」「費用はどれくらいかかる?」「居抜き物件と比べてどう違うの?」といった疑問を持つ方も少なくありません。物件選びで後悔しないためには、両者の違いを正確に理解し、ご自身の事業計画やコンセプト、予算に最適な選択をすることが不可欠です。
この記事では、スケルトン物件の基本的な知識から、居抜き物件との詳細な比較、メリット・デメリット、費用内訳、物件選びのチェックポイント、契約の流れまでを網羅的に解説します。この記事を読めば、スケルトン物件に関するあらゆる疑問が解消され、ご自身のビジネスに最適な物件選びができるようになるでしょう。
目次
スケルトン物件とは?
スケルトン物件とは、建物の構造体(躯体)がむき出しになった、内装や設備が何もない状態の物件を指します。「スケルトン」という言葉が「骨格」を意味するように、文字通り建物の骨格だけの状態で貸し出されるのが特徴です。具体的には、床・壁・天井の仕上げがされておらず、コンクリートが打ちっぱなしの状態であることが一般的です。また、電気の配線、ガスの配管、水道の給排水管、空調設備、換気設備なども設置されていないか、あるいは最低限の引き込みのみで、店舗内の詳細なレイアウトに合わせた設備は一切ありません。
この「何もない状態」こそが、スケルトン物件の最大の特徴であり、メリットとデメリットの源泉となっています。借主は、このゼロの状態から、自身の事業コンセプトに合わせて内装デザイン、レイアウト、必要な設備をすべて自由に設計・施工できます。そのため、飲食業、美容室、アパレルショップ、クリニック、オフィスなど、業種を問わず、独自のブランドイメージや世界観を強く打ち出したい場合に最適な物件形式と言えるでしょう。
例えば、特定のデザインコンセプトを持つカフェを開業したい場合、スケルトン物件であれば壁の材質や色、床材の種類、照明の配置、カウンターの形状や位置、客席のレイアウトまで、すべてを思い通りに創り上げることが可能です。厨房設備も、提供するメニューに合わせて最適な機器を最新のモデルで揃え、効率的な作業動線を確保したレイアウトを実現できます。
一方で、居抜き物件は前テナントが使用していた内装や設備がそのまま残された状態で貸し出される物件です。そのため、初期費用を抑え、短期間で開業できるという大きなメリットがあります。しかし、既存のレイアウトや設備に制約されるため、デザインの自由度は低くなります。
スケルトン物件を選ぶか、居抜き物件を選ぶかは、まさに「自由度とオリジナリティ」を重視するか、「コストとスピード」を重視するかの選択と言えるでしょう。
【よくある質問】スケルトン物件はどんな業種に向いていますか?
スケルトン物件は、その自由度の高さから、特定の業種に限定されることなく、幅広いビジネスで活用できます。
- 飲食業(レストラン、カフェ、バーなど): 厨房設備や客席のレイアウトに独自のこだわりがある場合や、衛生管理を徹底するためにすべての設備を新品で揃えたい場合に適しています。特に、重飲食と呼ばれるような大がかりな排気・換気設備や防水工事が必要な業態では、ゼロから設計できるスケルトン物件が有利です。
- 美容・理容業(美容室、ネイルサロン、エステサロンなど): シャンプー台の設置に伴う給排水工事や、多くの電力を消費する美容器具に対応するための電気工事など、専門的な設備工事が必須となります。ブランドイメージを反映した内装デザインが顧客満足度に直結するため、自由設計が可能なスケルトン物件のメリットを最大限に活かせます。
- 物販・小売業(アパレル、雑貨店など): 商品の陳列方法やブランドの世界観を表現するための空間づくりが売上を大きく左右します。什器の配置、照明計画、フィッティングルームの設計など、細部にまでこだわった店舗を創りたい場合に最適です。
- 医療・クリニック: 診療科目に応じた診察室のレイアウトや、プライバシーに配慮した動線設計、専門的な医療機器の設置など、厳密な設計が求められます。法令や基準を遵守しつつ、機能的で清潔感のある空間を実現するために、スケルトン物件が選ばれることが多いです。
- オフィス: 企業の理念や働き方を反映したオフィス環境を構築したい場合に有効です。フリーアドレス用のスペース、集中作業用のブース、リフレッシュエリア、Web会議用の個室など、多様な働き方に合わせた柔軟なレイアウトが可能です。
このように、スケルトン物件は「何もない」からこそ、あらゆる可能性を秘めています。事業計画において、店舗やオフィスの空間そのものが重要な価値を持つと考えるならば、スケルトン物件は非常に強力な選択肢となるでしょう。
スケルトン物件と居抜き物件の3つの違い
店舗物件を探す上で必ず比較検討することになるのが、スケルトン物件と居抜き物件です。この2つは対極的な性質を持っており、その違いを正しく理解することが、最適な物件選びの第一歩となります。ここでは、両者の違いを「内装の有無」「開業にかかる費用」「開業までにかかる期間」という3つの主要な観点から詳しく解説します。
比較項目 | スケルトン物件 | 居抜き物件 |
---|---|---|
① 内装の有無 | 何もない(コンクリート打ちっぱなしの状態)。内装・設備をゼロから自由に設計・施工する必要がある。 | 前テナントの内装・設備が残っている。そのまま活用することも、一部改装することも可能。 |
② 開業費用 | 内装・設備工事費がかかるため、高額になる傾向がある。 | 既存の設備を活用できるため、初期費用を低く抑えられる可能性がある。 |
③ 開業期間 | 設計・工事に時間がかかるため、長くなる傾向(数ヶ月〜半年以上)。 | 軽微な改装で済む場合、短期間で開業可能(数週間〜1ヶ月程度)。 |
① 内装の有無
最も根本的で分かりやすい違いは、内装や設備の有無です。
スケルトン物件は、前述の通り、建物の構造躯体のみの状態で、内装の仕上げや設備が一切ありません。床はコンクリートのまま、壁や天井も下地処理がされていない状態です。電気・ガス・水道といったライフラインも、物件の所定の場所まで引き込まれているだけで、店舗内の各所に配線・配管する工事は借主が行う必要があります。空調や換気扇、厨房設備、トイレ、照明器具などもすべて借主が新たに設置します。
この状態は、例えるなら「まっさらなキャンバス」です。画家が自由に絵を描くように、借主は自分の事業コンセプトに沿って、空間をゼロから創造できます。レイアウトの自由度が非常に高く、動線設計やデザイン、使用する素材に至るまで、すべてを思い通りに決められるのが最大の魅力です。他にはない、完全オリジナルの店舗やオフィスを創り上げたいという強い意志を持つ事業者にとって、この上ない環境と言えるでしょう。
一方、居抜き物件は、前テナントが使用していた内装、什器、設備がそのまま残された状態で貸し出されます。例えば、飲食店であれば厨房設備(コンロ、シンク、冷蔵庫など)、カウンター、テーブル、椅子、空調、トイレなどが一式揃っているケースが多く見られます。
これは「下絵が描かれたキャンバス」に例えられます。ゼロから描く必要がないため、手間や時間を大幅に節約できます。特に、前テナントと同一の業種で開業する場合、既存の設備をほぼそのまま流用できることもあり、非常に効率的です。ただし、既存のレイアウトやデザインに大きく制約されるという側面も持ち合わせています。もしコンセプトが合わない場合、残された設備を撤去したり、大規模な改装を行ったりする必要が生じ、結果的にスケルトン物件から始めるのと同等、あるいはそれ以上のコストと時間がかかってしまう「隠れコスト」のリスクも存在します。
② 開業にかかる費用
次に大きな違いとして挙げられるのが、開業にかかる初期費用です。
スケルトン物件は、内装や設備をゼロから作り上げるため、初期費用は高額になる傾向があります。物件取得費(保証金、礼金、仲介手数料など)に加えて、以下のような多額の工事費用が発生します。
- 設計・デザイン費: 内装設計を専門のデザイナーに依頼する場合の費用。
- 内装工事費: 床、壁、天井の仕上げ、建具の設置など。
- 設備工事費: 電気、ガス、水道、空調、換気、防災設備の設置工事。
- 什器・備品購入費: テーブル、椅子、厨房機器、レジ、陳列棚など。
これらの費用は、店舗の規模や業種、内装のグレードによって大きく変動しますが、一般的に坪単価で30万円〜100万円以上かかることも珍しくありません。例えば、20坪の飲食店を開業する場合、内装・設備工事だけで600万円〜2,000万円以上の資金が必要になる可能性があります。したがって、スケルトン物件を選ぶ際は、綿密な資金計画が不可欠です。
対照的に、居抜き物件は、既存の内装や設備を活用できるため、初期費用を大幅に抑えられるのが最大のメリットです。内装・設備工事費をゼロ、あるいは軽微な修繕や部分的な改装費のみに圧縮できる可能性があります。前テナントから設備を無償、または安価で譲渡してもらえる「造作譲渡」の契約を結ぶケースも多く、その場合はさらにコストメリットが大きくなります。
ただし、注意点もあります。一見するとお得に見える居抜き物件でも、残された設備が老朽化していて、すぐに故障してしまうリスクがあります。修理や買い替えに想定外の費用がかかり、結果的に高くついてしまうことも考えられます。また、見えない部分(配管の詰まりや電気配線の不具合など)に問題が潜んでいる可能性も否定できません。居抜き物件を検討する際は、設備の動作確認や専門家によるインスペクション(建物状況調査)を慎重に行うことが重要です。
③ 開業までにかかる期間
開業準備を始めてから、実際にオープンするまでの期間も、両者で大きく異なります。
スケルトン物件は、開業までの道のりが長くなるのが一般的です。物件契約後、以下のようなステップを踏む必要があり、全体で数ヶ月から、規模や工事の複雑さによっては半年以上かかることもあります。
- 設計・デザインの確定: 内装デザイナーや設計会社と打ち合わせを重ね、詳細な図面を作成します。
- 施工業者の選定: 複数の施工会社から見積もりを取り、契約する業者を決定します。
- 各種申請・許可: ビル管理会社への工事計画の提出・承認、消防署や保健所などへの届け出や申請を行います。
- 内装・設備工事: 実際に工事を開始します。天候や資材の納期などによって工期が変動することもあります。
このように、多くの関係者との調整や手続きが必要となるため、タイトなスケジュールでの開業を目指す場合には不向きかもしれません。開業までの期間に余裕を持ち、じっくりと理想の空間を作り上げたい事業者向けの選択肢と言えます。
一方、居抜き物件は、既存のインフラや内装を活かせるため、開業までの期間を劇的に短縮できます。内装工事が不要、あるいは看板の付け替えや壁紙の張り替えといった軽微な作業で済む場合、物件契約から数週間〜1ヶ月程度でオープンすることも可能です。
事業を開始したい時期が決まっている場合や、一日でも早く売上を立てたいと考える事業者にとって、このスピード感は非常に大きな魅力です。ただし、ここでも注意が必要です。もし大規模な改装が必要になれば、解体工事から始めなければならず、スケルトン物件よりもかえって時間がかかるケースもあります。また、前述の造作譲渡契約の交渉に時間がかかることも考慮に入れておくべきでしょう。
このように、スケルトン物件と居抜き物件は、自由度、費用、時間の3つの軸で明確な違いがあります。どちらが優れているというわけではなく、ご自身の事業計画、コンセプト、資金力、時間的制約といった様々な要因を総合的に考慮し、最適な選択をすることが成功への鍵となります。
スケルトン物件で開業する3つのメリット
初期費用や準備期間の面でハードルがある一方、スケルトン物件にはそれを補って余りある大きなメリットが存在します。特に、独自のブランドを確立し、長期的な視点で事業の成功を目指す事業者にとって、スケルトン物件の利点は計り知れません。ここでは、主な3つのメリットを深掘りして解説します。
① 自由なレイアウトでオリジナリティが出せる
スケルトン物件最大のメリットは、何と言っても内装やレイアウトを完全に自由に設計できる点です。何もないゼロの状態から空間を創り上げるため、事業主のこだわりやブランドコンセプトを100%反映した、唯一無二の店舗やオフィスを実現できます。
例えば、飲食店を開業する場合を考えてみましょう。居抜き物件では、厨房の位置やカウンターの形状、客席の配置などが既に決まっているため、提供したいサービスやメニューに合わせた最適な動線を確保するのが難しい場合があります。しかし、スケルトン物件であれば、厨房の広さや機器の配置を効率最優先で設計し、スタッフが働きやすい環境を構築できます。これにより、作業効率が向上し、料理の提供スピードやサービスの質の向上に繋がり、結果的に顧客満足度を高めることができます。
また、客席エリアにおいても、ターゲットとする顧客層に合わせた空間演出が可能です。高級志向のレストランであれば、隣の席との間隔を広く取り、プライベート感を重視したレイアウトに。ファミリー層を狙うのであれば、ベビーカーでも通りやすい広い通路や、小上がりの座敷を設けることも自由自在です。
アパレルショップや雑貨店などの物販店においても、この自由度は大きな武器になります。ブランドの世界観を表現するために、壁の素材や色、床材、照明の当て方、什器のデザインや配置まで、細部にわたってこだわりを追求できます。顧客が店内に入った瞬間にブランドの魅力を感じられるような印象的な空間は、商品の付加価値を高め、他店との強力な差別化要因となります。
このように、スケルトン物件は、単なる「事業を行う場所」ではなく、「ブランドを体現する空間」を創造するためのキャンバスです。自社の強みや個性を空間デザインによって最大限に表現したいと考える事業者にとって、この自由度の高さは他の何にも代えがたいメリットと言えるでしょう。
② 設備をすべて新品にできる
スケルトン物件では、電気・ガス・水道の配管・配線から、空調、厨房機器、トイレに至るまで、すべての設備を新品で導入できるという点も非常に大きなメリットです。これは特に、衛生管理が重要視される飲食業や、高価な専門機器を使用する美容業、医療機関などにとって、見過ごせない利点となります。
居抜き物件の場合、残された設備は前テナントが使用していた中古品です。一見きれいに見えても、内部が劣化していたり、見えない部分に汚れが溜まっていたりする可能性があります。特に厨房の排水管などは、長年の使用で油汚れが詰まり、悪臭や害虫の原因となることも少なくありません。開業後に設備の故障や不具合が発生すれば、修理費用がかさむだけでなく、営業を一時停止せざるを得ない状況に陥るリスクもあります。
その点、スケルトン物件であれば、すべての設備が新品であるため、当面は故障のリスクが極めて低く、安心して事業運営に集中できます。 衛生面でも、新品の設備は清潔であり、顧客に安心感を与えることができます。これは、HACCP(ハサップ)に沿った衛生管理が求められる飲食店などでは、特に重要なポイントです。
さらに、最新の設備を導入できるというメリットもあります。近年の業務用設備は省エネ性能が飛躍的に向上しており、最新モデルを導入することで、長期的に見て光熱費などのランニングコストを削減できる可能性があります。 例えば、最新の空調設備やLED照明、節水型のトイレなどを採用することで、環境に配慮しつつ、経費を抑えることが可能です。厨房機器においても、作業効率を高める最新の機能を備えた製品を選ぶことで、生産性の向上に繋がります。
初期投資は高くなりますが、「安心」と「長期的なコスト削減」を新品の設備で手に入れることができるのは、スケルトン物件ならではの大きな強みです。事業の安定性と持続性を重視するならば、このメリットは非常に価値が高いと言えるでしょう。
③ 物件数が多く希望のエリアで探しやすい
意外に思われるかもしれませんが、スケルトン物件は居抜き物件に比べて市場に出回っている物件数が多く、希望のエリアで物件を見つけやすいというメリットがあります。
居抜き物件は、前テナントの業種や設備の状態、立地などがすべて希望と合致する必要があるため、理想的な物件に出会える確率は決して高くありません。「飲食店の居抜きで、駅徒歩5分以内で、20坪程度で…」といったように条件を絞り込んでいくと、候補となる物件は非常に限られてしまいます。特に人気のエリアでは、好条件の居抜き物件は情報が出るとすぐに申し込みが入ってしまうため、競争も激しくなります。
一方、スケルトン物件は、前テナントの業種に関わらず、内装をすべて解体して「スケルトン状態」に戻してから次の借主を募集するのが一般的です。そのため、元がオフィスだった場所を飲食店にしたり、物販店だった場所を美容室にしたりと、業種を問わず検討の対象にすることができます。
これにより、物件探しの選択肢が格段に広がります。「この駅の近くで開業したい」「この通りに面した場所でなければならない」といったように、立地を最優先で考えたい事業者にとっては、スケルトン物件の方が希望の場所で開業できる可能性が高まります。 事業の成功において立地は極めて重要な要素であり、その選択の自由度が高いことは、大きなアドバンテージです。
もちろん、用途地域や建物の規約によって開業できる業種に制限がある場合もありますが、それを差し引いても、物件の母数が多いことは事実です。居抜き物件探しに時間をかけても良い物件が見つからない場合、視野を広げてスケルトン物件も探してみることで、思わぬ好立地の物件に出会えるかもしれません。
このように、スケルトン物件は「自由な設計」「新品の設備」「豊富な物件数」という3つの大きなメリットを兼ね備えています。初期のハードルは高いものの、それを乗り越えることで、理想の事業を実現するための強固な基盤を築くことができるのです。
スケルトン物件で開業する3つのデメリット
多くのメリットがある一方で、スケルトン物件には事前に理解しておくべきデメリットも存在します。特に、資金計画と時間管理の面で大きな課題が伴います。これらのデメリットを軽視すると、開業前に資金がショートしたり、オープンが大幅に遅れたりといった事態に陥りかねません。ここでは、代表的な3つのデメリットについて、その対策と合わせて詳しく解説します。
① 初期費用が高額になりやすい
スケルトン物件で開業する上で、最大のデメリットは初期費用が高額になることです。前述の通り、内装や設備が何もない状態からすべてを造り上げるため、物件取得費とは別に、多額の工事費用が発生します。
具体的にどのような費用がかかるのか、費用の相場観を持つことが重要です。店舗の内装工事費は業種やデザインの凝り具合によって大きく異なりますが、一般的な坪単価の目安は以下のようになります。
- 物販店(アパレルなど): 坪単価 30万円~70万円程度
- 美容室・サロン: 坪単価 40万円~80万円程度
- カフェ・軽飲食店: 坪単価 50万円~100万円程度
- レストラン・重飲食店: 坪単価 70万円~150万円以上
例えば、20坪のカフェをスケルトン物件で開業する場合、内装・設備工事だけで1,000万円から2,000万円の費用がかかる計算になります。これに加えて、物件取得費(保証金、礼金、仲介手数料、前家賃など)が家賃の6ヶ月〜10ヶ月分程度、さらに運転資金も必要になるため、総額でかなりの自己資金、あるいは融資が必要になることを覚悟しなければなりません。
この高額な初期費用は、事業計画における大きなリスクとなります。対策としては、まず複数の設計会社や施工会社から相見積もりを取ることが不可欠です。業者によって費用は大きく異なるため、内容と金額をしっかり比較検討し、信頼できるパートナーを選ぶことがコストを適正化する第一歩です。また、デザインや使用する素材に優先順位をつけ、「絶対に譲れない部分」と「コスト削減のために妥協できる部分」を明確にしておくことも重要です。
そして何よりも、余裕を持った資金計画を立てること。日本政策金融公庫の創業融資や、地方自治体の制度融資などを活用することも視野に入れ、専門家(税理士や中小企業診断士など)に相談しながら、現実的な予算を組むことが求められます。
② 開業までに時間がかかる
次に大きなデメリットとして、開業までに長い時間がかかる点が挙げられます。居抜き物件であれば数週間から1ヶ月程度でオープンできるケースもあるのに対し、スケルトン物件の場合は、物件の契約からオープンまで、短くても3〜4ヶ月、複雑な工事の場合は半年以上かかるのが一般的です。
時間がかかる主な要因は、以下のプロセスにあります。
- 設計・デザインの検討と確定(約1ヶ月〜): 理想の空間を実現するため、デザイナーや設計士と何度も打ち合わせを重ねます。この段階で妥協すると後悔するため、じっくり時間をかける必要があります。
- 施工業者の選定と契約(約2週間〜1ヶ月): 複数の業者から見積もりを取り、比較検討して契約します。
- 各種申請と許認可(約2週間〜1ヶ月): ビルの管理組合への工事申請や、業種によっては保健所、消防署、警察署などへの申請・届出が必要です。これらの承認が下りなければ工事を開始できません。
- 工事期間(約1ヶ月〜3ヶ月以上): 店舗の規模や工事内容によって期間は大きく変動します。解体工事、電気・ガス・水道工事、内装工事、外装工事などを順に進めていきます。
これらのプロセスが順調に進むとは限りません。例えば、設計の修正に時間がかかったり、希望の資材の納期が遅れたり、工事中に予期せぬ問題(建物の構造上の問題など)が発覚したりすることもあります。
開業が遅れることによる最大の問題は、オープン前から家賃(空家賃)が発生し続けることです。売上がない状態で毎月固定費が出ていくため、開業が遅れれば遅れるほど、資金繰りは厳しくなります。
このデメリットへの対策は、徹底したスケジュール管理に尽きます。まず、全体の流れを把握し、現実的なスケジュールを立てることが重要です。設計会社や施工会社と密に連携を取り、各工程の進捗状況を常に確認しましょう。また、予期せぬ遅延が発生することも想定し、スケジュールには必ず「バッファ(予備期間)」を設けておくことを強くおすすめします。資金計画においても、数ヶ月分の空家賃をあらかじめ織り込んでおくことで、精神的な余裕を持って準備を進めることができます。
③ 退去時に原状回復の工事が必要になる場合がある
見落とされがちですが、非常に重要なデメリットが退去時の原状回復義務です。賃貸物件を解約する際には、物件を借りた時の状態に戻して大家さんに返還する義務があります。
スケルトン物件の場合、「借りた時の状態」とは、つまり「スケルトン状態」です。これは「スケルトン返し」と呼ばれ、退去時には時間と費用をかけて造り上げた内装や設備をすべて解体・撤去し、コンクリート打ちっぱなしの何もない状態に戻さなければならないことを意味します。
この原状回復工事にかかる費用は、すべて借主の負担となります。解体・撤去費用も決して安くはなく、坪単価で3万円〜10万円程度が目安とされています。20坪の店舗であれば、60万円〜200万円の費用がかかる可能性があるということです。この費用は、事業をたたむ時だけでなく、事業が好調でより広い店舗に移転する際にも発生します。
この退去費用は、事業の出口戦略において大きな負担となり得ます。対策としては、まず賃貸借契約書の内容を隅々まで確認することです。原状回復義務の範囲について、どこまでが借主の負担となるのか、特約事項はないかなどを契約前に必ずチェックしましょう。場合によっては、交渉次第で原状回復義務が免除されたり、次のテナントに内装を(居抜きとして)引き継ぐことを許可されたりするケースも稀にあります。
そして最も重要なのは、事業計画の段階で、この原状回復費用をあらかじめ「将来発生するコスト」として組み込んでおくことです。開業時の初期費用だけでなく、事業を終える際の費用まで見据えておくことで、より健全で長期的な視点に立った経営判断が可能になります。
これらのデメリットは、いずれも事前の計画と準備によってリスクを軽減することが可能です。スケルトン物件を検討する際は、メリットの魅力だけに目を奪われるのではなく、これらのデメリットを直視し、十分な対策を講じることが成功への鍵となります。
スケルトン物件にかかる費用の内訳
スケルトン物件での開業を具体的に検討する上で、最も重要なのが費用の全体像を正確に把握することです。費用は大きく「物件取得費」「内装・外装工事費」「設備工事費」の3つに分類されます。ここでは、それぞれの費用の内訳と目安について詳しく解説します。これらの費用を事前に理解し、綿密な資金計画を立てることが、スムーズな開業の第一歩となります。
費用項目 | 内容 | 費用の目安 |
---|---|---|
物件取得費 | 物件を借りるために最初に必要となる費用。保証金、礼金、仲介手数料、前家賃など。 | 月額家賃の6〜12ヶ月分 |
内装・外装工事費 | 何もない空間を店舗として機能させるための工事費用。設計デザイン費、内装(床・壁・天井)工事、外装(ファサード)工事など。 | 坪単価30万円〜150万円以上(業種・デザインによる) |
設備工事費 | 事業運営に不可欠な各種設備の購入・設置費用。電気・ガス・水道工事、空調・換気工事、厨房・什器など。 | 数百万円〜数千万円(業種・規模による) |
物件取得費
物件取得費は、賃貸借契約を締結する際に、不動産会社や大家さんに支払う初期費用の総称です。スケルトン物件でも居抜き物件でも同様に発生する費用ですが、事業用物件の場合は居住用物件に比べて高額になる傾向があります。
- 保証金(または敷金): 家賃滞納や物件の損傷に備えるための担保金です。退去時に原状回復費用などを差し引いて返還されます。事業用物件の場合、月額家賃の6ヶ月〜10ヶ月分が相場とされています。高額な工事を行うスケルトン物件では、大家さん側のリスクヘッジとして高めに設定されることもあります。
- 礼金: 大家さんへのお礼として支払う費用で、返還されません。月額家賃の1〜2ヶ月分が相場です。物件によっては礼金がない場合もあります。
- 仲介手数料: 物件を紹介してくれた不動産会社に支払う手数料です。法律で上限が定められており、一般的には月額家賃の1ヶ月分(+消費税)となります。
- 前家賃: 契約月の家賃を前払いするものです。月の途中で契約する場合は、日割り家賃と翌月分の家賃が必要になることもあります。
- 火災保険料: 万が一の火災や水漏れなどに備えるための保険です。加入が義務付けられていることがほとんどで、年額で1〜3万円程度が目安です。
これらの費用を合計すると、物件取得費だけで月額家賃の8ヶ月〜12ヶ月分程度が必要になると想定しておくとよいでしょう。例えば、家賃30万円の物件であれば、240万円〜360万円の物件取得費がかかる計算になります。
内装・外装工事費
内装・外装工事費は、スケルトン物件で開業する際の費用の中心となる部分です。何もない空間を、デザイン性と機能性を兼ね備えた事業用のスペースへと変えるための投資です。
- 設計・デザイン費: 内装の設計やデザインを専門の店舗デザイナーや設計事務所に依頼する場合の費用です。一般的に、総工事費の10%〜15%程度が相場とされています。自分でデザインする場合でも、施工会社に図面作成を依頼する費用が発生することがあります。
- 内装工事費: 床、壁、天井の工事がメインとなります。
- 床: モルタル仕上げ、タイル、フローリング、長尺シートなど、選ぶ素材によって費用は大きく変動します。
- 壁: プラスターボードを立てて壁を作り、クロス(壁紙)や塗装、タイルなどで仕上げます。
- 天井: 天井を貼るか、あるいは躯体を活かした現し(あらわし)にするかで工事内容が変わります。照明の取り付けやダクトの設置なども含まれます。
- 外装(ファサード)工事費: 店舗の「顔」となる部分の工事です。看板の設置、窓やドアの変更、外壁の塗装や素材の変更などが含まれます。通行人の目を引き、入店を促す重要な部分であるため、デザインにこだわるほど費用は高くなります。
- その他工事費: 必要に応じて、解体工事(既存の不要なものを撤去する)、建具工事(ドアや窓の設置)、造作家具工事(カウンターや棚の製作)などが発生します。
これらの内装・外装工事費は、前述の通り業種やデザインのグレードによって坪単価30万円〜150万円以上と大きな幅があります。予算を抑えたい場合は、DIYを取り入れたり、シンプルなデザインにしたりといった工夫が必要です。
設備工事費
設備工事費は、事業を運営するためのインフラを整えるための費用です。特に、多くの電気やガス、水を使用する飲食店や美容室では、この費用が非常に高額になります。
- 電気設備工事: 照明器具の設置、コンセントの増設、専用回路の配線などを行います。使用する機器の消費電力に合わせて、電気の容量が足りない場合は、幹線引込工事やキュービクル(高圧受電設備)の設置が必要になり、数百万円の追加費用がかかることもあります。
- ガス設備工事: ガスの配管工事です。厨房機器などに合わせて必要な容量のガス管を引き込みます。これも容量を増やす場合は追加費用がかかります。
- 給排水設備工事: 厨房のシンクやトイレ、シャンプー台など、水回り設備の給水管・排水管を設置する工事です。特に、床下の配管が必要な場合や、グリストラップ(油脂分離阻集器)の設置が義務付けられる飲食店では、大がかりな工事となります。
- 空調・換気設備工事: 業務用エアコンや、店内の空気を入れ替えるための換気扇・ダクトの設置工事です。特に、煙や臭いが大量に発生する飲食店では、強力な排気設備が必須となり、高額になります。
- 厨房設備・什器購入費: コンロ、オーブン、冷蔵庫、食洗機、シンクなどの厨房機器や、テーブル、椅子、レジカウンター、陳列棚などの購入費用です。新品で揃えるか、中古品を活用するかで費用は大きく変わります。
- 防災設備工事: 消防法に基づき、自動火災報知設備やスプリンクラー、誘導灯などの設置が義務付けられる場合があります。
これらの設備工事費は、内装工事費と同等か、それ以上に高額になることも珍しくありません。 開業したい業種でどのような設備がどの程度の規模で必要なのかを事前にリサーチし、専門業者に見積もりを依頼することが極めて重要です。
スケルトン物件を選ぶ際の3つのチェックポイント
理想の立地にスケルトン物件を見つけても、すぐに契約に進むのは禁物です。契約後に思わぬトラブルや想定外の費用が発生するのを防ぐため、物件を決定する前に必ず確認しておくべき重要なチェックポイントがあります。ここでは、特に注意すべき3つの点について、その確認方法とともに詳しく解説します。
① 設備工事の区分を確認する
スケルトン物件の内装工事を進める上で、工事の責任と費用負担の範囲を定めた「工事区分」を理解しておくことは絶対不可欠です。この区分は、一般的に「A工事」「B工事」「C工事」の3つに分けられ、賃貸借契約書や特約事項に明記されています。この内容を契約前に確認し、貸主(オーナー)側と認識を合わせておかないと、後々大きなトラブルに発展する可能性があります。
工事区分 | 工事内容 | 発注者 | 費用負担者 | 具体例 |
---|---|---|---|---|
A工事 | 建物の構造体や共用部に関する工事。テナントの資産にならない部分。 | 貸主(オーナー) | 貸主(オーナー) | 建物の外壁、廊下、エレベーター、共用トイレ、建物の基幹となる電気・空調設備など |
B工事 | テナントの要望により、建物の基本性能や安全性に関わる部分を変更する工事。 | 借主(テナント) | 借主(テナント) | 分電盤の増設、スプリンクラーの移設、防水工事、排気ダクトの増設、防災・空調設備の変更など |
C工事 | テナントが自らの資産として行う、専有部分の内装・設備工事。 | 借主(テナント) | 借主(テナント) | 内装(床・壁・天井)、照明器具の設置、什器の造作、電話・LAN配線、厨房機器の設置など |
【特に注意すべきは「B工事」】
A工事とC工事は、発注者と費用負担者が一致しているため、比較的理解しやすいです。問題となりやすいのがB工事です。B工事は、費用は借主が負担するにもかかわらず、工事の発注と業者の選定は貸主が行うという特徴があります。これは、建物の構造や安全性に影響を与える可能性がある工事について、貸主が管理・監督責任を負うためです。
このB工事には、以下のような注意点があります。
- 相見積もりが取れない: 貸主が指定した業者(ビル指定業者)しか使えないため、競争原理が働かず、工事費用が相場よりも高くなる傾向があります。
- 工期が長引く可能性がある: 借主、貸主、指定業者の三者間での調整が必要になるため、意思決定に時間がかかり、スケジュールが遅延するリスクがあります。
- 工事範囲が曖昧になりやすい: どこまでがB工事でどこからがC工事なのか、その境界線が不明確な場合があります。
【チェックポイントと対策】
- 契約前に工事区分表を要求する: 不動産仲介会社を通じて、貸主から工事区分の一覧表を取り寄せ、どの工事がどの区分に該当するのかを詳細に確認しましょう。
- B工事の範囲と概算費用を確認する: 自分の事業で必要となる工事のうち、B工事に該当しそうなもの(例:電気容量の増設、排気ダクトの新規設置など)があれば、ビル指定業者から概算の見積もりを契約前に取得できないか交渉してみましょう。これにより、想定外の高額な工事費に後から驚くリスクを減らせます。
- 不明点は必ず書面で確認する: 口頭での確認だけでなく、議事録やメールなど、記録に残る形で貸主側と合意形成を図ることが重要です。
② 原状回復義務の範囲を確認する
デメリットの項でも触れましたが、退去時の原状回復義務の範囲を契約前に明確に把握しておくことは、将来の無用な出費とトラブルを避けるために極めて重要です。
一般的に、スケルトン物件は退去時に「スケルトン返し」が原則とされています。つまり、自費で設置した内装や設備をすべて撤去し、借りた当初のコンクリート打ちっぱなしの状態に戻す必要があります。しかし、この「どこまで戻すか」の定義が、物件や契約内容によって微妙に異なる場合があるのです。
【チェックポイントと対策】
- 賃貸借契約書の「原状回復」条項を精読する: 契約書に「スケルトン状態にて返還する」といった文言があるかを確認します。もし、より具体的な仕様(例:「天井、壁、床のコンクリート躯体現しまで」など)が記載されていれば、その内容を正確に理解します。
- 特約事項を確認する: 原状回復に関する特別な取り決めが特約として記載されている場合があります。例えば、「貸主の承諾を得た上で、次の借主に内装を譲渡(居抜きでの退去)することを認める」といった有利な条件が付いている可能性もゼロではありません。逆に、「貸主指定の業者で原状回復工事を行うこと」といった不利な条件が課せられている場合もあります。
- 入居時の状態を写真や図面で記録する: 契約時および工事開始前の物件の状態を、日付のわかる写真や動画で詳細に記録しておきましょう。これは、退去時に「どこまでが元々の状態で、どこからが自分が変更した部分か」を明確にするための重要な証拠となります。
- 不明な点は弁護士や専門家に相談する: 契約書の文言が専門的で理解が難しい場合や、内容に少しでも不安がある場合は、不動産に詳しい弁護士などの専門家に相談し、リーガルチェックを受けることをおすすめします。
将来の解体費用は、事業の損益に直接影響します。このリスクを軽視せず、契約段階で徹底的に確認・交渉する姿勢が求められます。
③ インフラ(電気・ガス・水道)の容量を確認する
内装のデザインやレイアウトにばかり気を取られ、電気、ガス、水道といった基本的なインフラの容量確認を怠ると、開業計画が根本から覆ることになりかねません。業種、特に飲食店や美容室などでは、事業運営に十分なインフラ容量が確保されていることが大前提となります。
【チェックポイントと対策】
- 電気容量の確認:
- 確認事項: 物件に引き込まれている電気の容量(契約アンペア数やkVA)を確認します。
- 確認方法: 分電盤(ブレーカー)を見れば現在の契約容量がわかります。不動産会社や管理会社に問い合わせるのが確実です。
- 注意点: 必要な電気容量は、使用する厨房機器、空調、照明、音響設備などの総消費電力から算出します。特に、IHコンロや業務用オーブン、多数のドライヤーなどを使用する場合は、非常に大きな電力が必要です。容量が不足している場合、増設工事が必要になりますが、建物全体の電気容量に上限がある場合は増設自体が不可能なこともあります。増設工事は高額になるケースが多いため、契約前に増設の可否と概算費用を確認することが必須です。
- ガス容量の確認:
- 確認事項: ガスの種類(都市ガスかプロパンガスか)と、引き込まれているガス管の口径(太さ)を確認します。口径によってガスの供給能力(号数)が決まります。
- 確認方法: ガスメーターや配管を確認するか、ガス会社に物件の住所を伝えて照会します。
- 注意点: 強力な火力が必要な中華料理店やイタリアンレストランなどでは、太いガス管が必要です。ガス管が細い場合、増設工事が必要になりますが、前面道路に埋設されている本管の状況によっては、工事が非常に大がかりになったり、不可能だったりする場合があります。
- 給排水管の容量(口径)と位置の確認:
- 確認事項: 給水管と排水管の口径(太さ)と、それらがどこに引き込まれているかを確認します。
- 確認方法: 図面で確認するか、現地で目視します。不動産会社への確認も必要です。
- 注意点: 多数のシンクやトイレ、シャンプー台などを設置する場合、十分な給排水能力が必要です。特に排水管の口径が細いと、詰まりの原因になります。また、排水管の位置によっては、床をかさ上げして勾配を確保する必要があり、天井が低くなったり、追加の工事費用が発生したりします。
これらのインフラ容量は、内装デザインを決める前の、物件選定の段階で必ず確認すべき最重要事項です。専門的な知識が必要な場合も多いため、内装工事を依頼する予定の施工会社に、物件の内覧に同行してもらい、プロの視点でチェックしてもらうのが最も確実で安心な方法です。
スケルトン物件を借りる流れ
スケルトン物件で開業するまでの道のりは、多くのステップを含みます。全体像を把握し、計画的に進めることが成功の鍵です。ここでは、物件探しからオープンまでの一般的な流れを5つのステップに分けて解説します。
物件探し・内覧
すべての始まりは、事業のコンセプトと計画に合った物件を探すことからです。
- 条件の整理: まず、どのような物件を探すのか、条件を具体的に整理します。
- エリア: どの地域で開業したいのか(駅、沿線、市区町村など)。
- 広さ: 事業計画に基づき、必要な坪数や面積を算出します。
- 家賃: 事業の収支計画から、支払可能な家賃の上限を決定します。
- その他の条件: 1階路面店か空中階か、周辺環境、建物の築年数など。
- 情報収集: 条件が固まったら、実際に物件情報を集めます。
- 不動産ポータルサイト: 事業用物件を専門に扱うウェブサイトで検索します。
- 不動産会社への相談: 開業したいエリアの事業用物件に強い不動産会社を訪ね、希望条件を伝えて物件を紹介してもらいます。非公開物件の情報が得られることもあります。
- 内覧(現地調査): 気になる物件が見つかったら、必ず内覧に行きます。内覧では、紙の資料だけではわからない多くの情報を得ることができます。
- 確認ポイント:
- 立地・周辺環境: 人通りや車の交通量(平日・休日、昼・夜)、周辺の店舗、ターゲット顧客層の有無などを自分の目で確認します。
- 物件の状態: 建物の内外の劣化具合、日当たり、騒音などをチェックします。
- インフラの確認: 前述の通り、電気・ガス・水道の引き込み位置や容量の現状を確認します。
- 搬入経路の確認: 工事の際の資材や、開業後の什器・商品の搬入経路が確保できるかを確認します。
- 確認ポイント:
この段階で、設計や施工を依頼する予定の業者に同行してもらい、専門的な視点から物件を評価してもらうことが非常に有効です。
申し込み・審査
理想の物件が見つかったら、入居の意思表示として「入居申込書」を貸主(または管理会社)に提出します。個人の住居を借りる場合と異なり、事業用物件の審査はより慎重に行われます。
- 申込書の提出: 不動産会社が用意する申込書に、法人情報(または個人事業主の情報)、連帯保証人の情報などを記入して提出します。
- 必要書類の提出: 申込書と合わせて、以下のような書類の提出を求められることが一般的です。
- 法人: 会社謄本(履歴事項全部証明書)、決算書(新規設立の場合は不要)、会社案内など。
- 個人事業主: 身分証明書、確定申告書の写しなど。
- 共通: 事業計画書、資金計画書(自己資金や融資の状況がわかるもの)など。
- 審査: 貸主は提出された書類を基に、「この借主に貸して問題ないか」を審査します。特に、事業計画書の内容が重視されます。どのような事業を、どのように展開し、安定して家賃を支払っていけるのかを、説得力をもって示す必要があります。審査には数日から1週間程度の時間がかかります。
賃貸借契約の締結
審査に無事通過すると、いよいよ賃貸借契約の締結に進みます。契約は後々のトラブルを防ぐための最も重要なステップですので、慎重に進めましょう。
- 重要事項説明: 契約に先立ち、宅地建物取引士から物件や契約条件に関する「重要事項説明」を受けます。登記情報、法令上の制限、契約内容(家賃、契約期間、更新、解約、禁止事項など)について詳細な説明があります。
- 契約書の確認: 重要事項説明書と賃貸借契約書の草案が渡されるので、内容を隅々まで読み込みます。特に、以下の項目は念入りにチェックしましょう。
- 工事区分: A工事、B工事、C工事の範囲。
- 原状回復義務: 退去時の回復範囲と条件。
- 契約期間と更新条件: 普通借家契約か定期借家契約か。
- 禁止事項・特約事項: 業種制限、営業時間、看板の設置ルールなど。
- 契約・初期費用の支払い: 内容に合意したら、契約書に署名・捺印します。同時に、保証金や礼金、仲介手数料などの初期費用を支払います。
- 鍵の引き渡し: 初期費用の入金が確認されると、物件の鍵が引き渡されます。この瞬間から、いよいよ内装工事の準備が始まります。
内装工事の準備・施工
鍵を受け取ったら、スケルトン空間を理想の店舗へと変える工事フェーズに入ります。
- 最終設計の確定と見積もり: 契約した設計会社・施工会社と最終的なデザイン・仕様を詰め、正式な工事見積もりを取得します。
- 工事計画の提出と承認: 工事内容をまとめた図面や工程表を、貸主(またはビル管理会社)に提出し、承認を得ます。B工事が含まれる場合は、この段階での調整が特に重要です。
- 各種行政手続き: 必要に応じて、保健所(飲食店営業許可)、消防署(防火対象物使用開始届)、警察署(深夜酒類提供飲食店営業開始届など)への事前相談や申請を行います。
- 工事着工: すべての承認と準備が整ったら、いよいよ工事が始まります。工事期間中は、定期的に現場に足を運び、設計図通りに進んでいるか、問題は発生していないかなどを確認(現場定例)することが望ましいです。
開業準備・オープン
内装工事が完了に近づくと同時に、ソフト面の開業準備も本格化させます。
- 什器・備品の搬入と設置: テーブル、椅子、厨房機器、レジ、PCなどの搬入・設置を行います。
- 行政の最終検査: 飲食店の場合は保健所の、物販店など床面積が広い場合は消防署の立ち入り検査を受け、許可証や検査済証を取得します。
- 人材の採用と教育: スタッフの募集、採用、オペレーションのトレーニングを行います。
- 仕入れ・販促活動: 商品や食材の仕入れ先を確保し、ウェブサイトやSNS、チラシなどでオープンの告知を開始します。
- プレオープン: グランドオープン前に、関係者や友人を招待して実際に店舗を運営してみることをおすすめします。オペレーションの最終確認や問題点の洗い出しができます。
- グランドオープン: すべての準備が整ったら、いよいよ開業の日を迎えます。
この一連の流れは、多くのタスクが同時並行で進むため、ガントチャートなどを作成してタスクとスケジュールを可視化し、管理することが極めて重要です。
スケルトン物件での開業が向いている人の特徴
ここまで解説してきた内容を踏まえ、スケルトン物件での開業はどのような人に適しているのでしょうか。メリットを最大限に活かし、デメリットを乗り越えることができる人の特徴をまとめます。ご自身がこれらに当てはまるか、セルフチェックの材料としてご活用ください。
1. 店舗のコンセプトや世界観に強いこだわりがある人
スケルトン物件の最大の魅力は、デザインやレイアウトの自由度の高さです。したがって、「他にはない、自分だけの空間を創りたい」「ブランドの理念やストーリーを空間全体で表現したい」という強い情熱を持つ人に最も向いています。既成の形に自分を合わせるのではなく、ゼロから理想の形を追求したいクリエイティブな思考を持つ事業者にとって、スケルトン物件は最高のキャンバスとなります。逆に、空間デザインにそれほどこだわりがなく、標準的な機能があれば十分と考える場合は、居抜き物件の方がコストパフォーマンスに優れる可能性が高いでしょう。
2. 資金計画に十分な余裕がある人
デメリットとして繰り返し述べた通り、スケルトン物件は初期費用が高額になります。内装・設備工事費に加えて、物件取得費、そして開業までの数ヶ月分の空家賃や運転資金など、多額の資金が必要です。そのため、潤沢な自己資金を用意できるか、あるいは金融機関からの融資を含めて、余裕を持った資金調達の目処が立っていることが絶対条件となります。予算が厳しい中で無理にスケルトン物件を選ぶと、工事の途中で資金が尽きたり、内装の質を妥協せざるを得なくなったりするリスクがあります。綿密な事業計画と資金計画を立て、それを実行できる能力が求められます。
3. 開業までに十分な準備期間を確保できる人
スケルトン物件での開業は、設計から工事、各種申請まで多くのステップを踏むため、時間がかかります。「来月にはオープンしたい」といった短期的な目標を持つ人には不向きです。数ヶ月から半年、あるいはそれ以上の準備期間がかかることを理解し、その間の空家賃の発生も許容できる、時間的な余裕が必要です。じっくりと時間をかけてでも、細部にまでこだわった完璧な店舗を創り上げたいという、長期的な視点を持つ人に適しています。スケジュール管理能力と、予期せぬ遅延にも冷静に対応できる忍耐力も重要になります。
4. 長期的な視点で事業の成功を考えている人
初期投資は高額ですが、スケルトン物件には長期的なメリットもあります。設備はすべて新品のため故障リスクが低く、最新の省エネ設備を導入すればランニングコストを抑えることも可能です。また、ゼロから設計した効率的な動線は、日々の業務の生産性を高めます。目先のコストだけでなく、5年後、10年後を見据え、事業の安定性や持続性、ブランド価値の向上といった長期的なリターンを重視する人にとって、スケルトン物件への投資は価値あるものとなるでしょう。退去時の原状回復費用まで含めて事業計画を立てられる、計画性の高さも求められます。
これらの特徴に当てはまる方は、スケルトン物件の持つポテンシャルを最大限に引き出し、ビジネスを成功に導くことができる可能性が高いと言えます。
居抜き物件との比較で最適な物件を選ぼう
これまで、スケルトン物件の定義からメリット・デメリット、費用、選び方、そして開業までの流れを詳しく解説してきました。最後に、事業の成功を左右する「最適な物件選び」のために、スケルトン物件と居抜き物件の特性を改めて比較し、どのような基準で選択すべきかをまとめます。
【スケルトン vs 居抜き 最終比較】
観点 | スケルトン物件 | 居抜き物件 |
---|---|---|
コンセプトの実現性 | ◎:非常に高い。完全オリジナルの空間を実現可能。 | △:低い。既存のレイアウトやデザインに制約される。 |
初期費用 | ×:高額。内装・設備工事費が多額になる。 | ◎:低い。既存設備を活用できれば大幅にコスト削減可能。 |
開業までのスピード | ×:遅い。設計・工事に数ヶ月〜半年以上かかる。 | ◎:速い。軽微な改装なら数週間〜1ヶ月で開業可能。 |
設備の品質 | ◎:高い。すべて新品で導入でき、故障リスクが低い。 | △:不確定。老朽化による故障や隠れた不具合のリスクがある。 |
物件の探しやすさ | ◯:比較的探しやすい。業種を問わず検討できるため母数が多い。 | △:探しにくい。業種・立地・設備などの条件が合う物件は限られる。 |
退去時のコスト | ×:高額。原則として原状回復(スケルトン返し)費用がかかる。 | ◯:低い可能性がある。造作譲渡できれば解体費用が不要になる場合も。 |
この比較表からわかるように、どちらの物件タイプが一方的に優れているというわけではありません。 選択の鍵は、ご自身の事業計画における「優先順位」を明確にすることです。
- 「オリジナリティ」「ブランドの世界観」「長期的な安心感」を最優先するなら → スケルトン物件
- 資金と時間に余裕があり、唯一無二の空間を創造することで他社と差別化を図りたい。
- 最新の設備を導入し、衛生面や作業効率、ランニングコストを最適化したい。
- 立地を絶対に妥協したくない。
- 「初期費用の抑制」「開業スピード」を最優先するなら → 居抜き物件
- 限られた予算と時間の中で、一日でも早く事業をスタートさせたい。
- 内装やデザインに強いこだわりはなく、標準的な設備で十分。
- 前テナントと同業種で、既存の顧客や設備のメリットを活かしたい。
最終的に、物件選びはご自身のビジネスプランと照らし合わせ、メリット・デメリットを総合的に勘案して判断するものです。 スケルトン物件の自由度に魅力を感じつつも費用がネックになる場合は、内装をシンプルにしたり、一部DIYを取り入れたりしてコストを抑える工夫も考えられます。逆に、居抜き物件を探しつつも、大規模な改装が必要ならスケルトン物件の方が結果的に安くつく可能性も視野に入れるべきです。
本記事で解説した知識を基に、不動産会社や設計・施工会社といったプロフェッショナルの意見も参考にしながら、ぜひご自身の事業にとって最良の選択をしてください。慎重かつ戦略的な物件選びが、ビジネスの成功への揺るぎない土台となるでしょう。